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選択型お題「傷」

作者: 875@

気分を悪くされる方もいるかも知れません。

あと、こんな話を書いておりますが、作者は偏見はありません。

 死にたいと願ってる人間より、生きたいと願う人間の方が珍しいと思うのは、きっとあたしだけじゃないはずだ。

 中学も卒業すれば、気楽に人間付き合いができるようになると思う。思春期を過ぎて少し大人になって、人のことを考えるようになる。

 とんでもなく破天荒だった友達が少し控えめに挨拶をしたり、いつも意地悪だった男の子が優しくなっていたり。今となってはもう、見慣れた光景だ。

 けれど、誰にも治せないモンはあると思うんだよね。

 あたしはもう"これ"は癖みたいなモンだし、いずれは失敗するだろうとも思ってる。けれど止めたいとは思わない。これがあたしだと思ってるから。

 誰にも判ってもらおうとか思ってないし、多分判りたくないだろうと思う。人間って矛盾だらけだから。あたしは良くても他の誰かが同じことをやっていて、それをあたしが目撃したら、やっぱり普通じゃないと思うだろう。

 

 あたしのこれは神聖な行為だと思っている。あたしの部屋にはマリア像が置いてあり、その像を見ながら、懺悔をするかのようにあたしは手首に剃刀を置く。マリアは優しくあたしを見守っているから、血を出すことを怖いと感じたことは一度もない。

「――痛、」

 痛いと感じるのは当たり前だ。皮膚を裂いてるんだから。血が滴り落ち、赤い身が見える。美しいと思う。これは、マリアがあたしに寄越したプレゼントなのだ。あたしと他にもいるかも知れない、選ばれた者だけが見ることを赦される行為なのだ。

 刃で裂いた皮膚は綺麗で、あたしはキッチンに立って包丁で指を傷つけてもあまりの美しさに息が止まる。狂ってると言われれば、それで終わりだけど。

 

 ――五体満足で、何が不満なの!

 

 あたしの母親は何を勘違いしたのか、そう叫んで部屋で泣いていた。たまたま最中に見られて、一人で喚いていた。死ぬために、やっていると思ったのだろう、あたしはいつでも生きることしか考えていないのに。

 

 血が流れる感覚は、生きていると実感できる。傷つけてそこから滲み出る赤い液体を見ながら、ああ、あたしはまだ生きていると再確認しているのだ。

 

「あんたさァ、リスカしてんだって?」

 いつものように友人と話している最中、その科白は突然降ってきた。

「キモいよ。さり気なく隠してるつもりかもしんないけどさ、見えてんだっつうの」

 隠してる気はあまりなかった。けれどあの神聖な行為は、世間じゃリストカットと呼ばれ、何だか駄目なことをしているような風に見られる。気分が悪い。あれを俗世間の荒んだものさしで見ないでほしい。あたしはあんたたちとは違う、マリアに愛された存在なのだから――。

 

「何とか言えよ、根暗!」

 あたしにつかみかかろうと手を伸ばして、けれどその子はあたしに触れることすら出来なかった。

 

「キャアア!」

 彼女の手はあたしを掴まず宙を舞い、あたしの振ったカッターが擦れ、傷口から真っ赤な血を振りまいていた。

 あたしはそれを穏やかな気持ちで見つめ、こんな凡人にも赤い血は流れているのかと考えると、嫉妬にも似た気持ちが込み上げてきた。

「ちょ……何よ。や、やめて……」

 血を出しながらぶつぶつと呟くこいつにあたしはもう一度、けれど今度はしっかりと、首すじにカッターを押し当てる。今から自分に何が起きるのか、その女は気づいたのだろう、あたしから逃れるように暴れ出した。

 

 ブチッと、肉の裂ける音が響く。瞬間、血が噴水のように噴き出す。今まで見たこともない光景に、あたしはただ心を奪われていた。

 マリアからの贈り物、美しい血液はとめどなく傷口から飛沫をあげている。あたしも、こんな風に綺麗に噴き出すだろうか。ふいに試してみたくなり、あたしはトイレへと急いだ。

 鏡から覗いているあたしは、顔や体にあいつの血を浴び、何とも芸術的な格好になっていた。

 このままずっと見続けていたいが、そろそろ騒ぎを聞きつけて先生が来るだろう。あたしはそこで、静かにゆっくりと、右手のカッターを垂直に首もとへと移動させた。

 ああ、そうだ。こんなろくでもない世の中の人間たちは、あたしのこの場面を見たらきっと、あることないこと仮想して話を広げていくんだろう。あたしはそれが酷く不愉快で、まだ乾ききっていないあいつの血を指に取り、鏡に擦りつけた。

 そして、再び右手を掲げる。勢い良く右手を首すじへと向かわせ、あたしは鏡に映る自分の姿を見てうっとりと微笑んだ。

 ああ、本望だ。

 こんな綺麗な情景を見て、これ以上何を求めればいいの。あたしは鏡に向かって微かに笑い、そのまま後ろに倒れ込んだ。ただ心残りなのは、マリア像をできることならあたしの血で赤く染め上げてみたかった。

 

 ――あたしは神に愛された存在だ――。

 

「……狂ってたんですかね、この子は」

「さあな。俺らから見れば狂ってるけどな」

 静かだった女子トイレは、今は生徒たちのざわめきと警察の現場検証で溢れかえっている。鏡に書かれている遺書ともとれる一文を、刑事は何とはなしに口にした。

「神に愛された存在、か……」

 

 神は、不平等なのだ、と。主張しているように思えた。

 

H17.10.28.


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