廃都市にしみ込んでいる物
_みんな何処?
あれから10年経った今でも、そう思ってしまう朝がある。
そのたびに私の頬には涙が伝って、神様許して、なんて呟いてしまう。
砂漠にたった一つある都市、私はそこに一人きりで生きている。
一人きりで何ができる?と聞かれたら何もできない、と答えるわけで
当然のこと人間らしい文化も住居もざわめきも、何一つとしてここにはない。
だって廃都市だもんね、と私は一人きりで虚しく呟いてみた。
廃都市だからなのだろうか、広すぎる砂漠から吹いてくる風の音は
全てを奪っていきそうなくらい大きく、私の耳を突き抜けていくほどに響く。
青すぎる空も、堅すぎる地面も、軽すぎる砂も、全ては存在が大きすぎて、私には遠すぎる。
私は、自分には遠い、そんな光景を目にした後床から身体を起こした。
冷たくて固い、石の床にも今ではすっかり慣れてしまった。
上半身を起こしたせいで、視界から消えてしまった空とは反対に
まるで洞窟のような薄灰色の空間が視界に広がった。
無数のゴミくずと共に、立派な石柱と天井が存在するここは立派な建物である。
今は何も存在してはいないが、昔は立派に祀られた神殿だったのだ。
毎年毎年、小さな都市ながらに大規模なお祭りをやって… …
私は、そこまで思い出を蘇らすと頭をブンブンッと左右に振った。
何も、思い出したくはない。
未だ掻き毟られるように痛む胸は、古傷が癒えていないことを物語っていた。
古傷を消してくれる、特効薬が欲しい
と思った。
私にとっての特効薬とは何だろう?食事?仲間?それとも偽りの思い出?
私は、荒く乱れた息を吐き出す口をおさえ、ゆっくりと、よろめきながら立ち上がった。
今日ならきっと大丈夫、そんな気がすることにしておいた。
本当は、怖くて辛くてしょうがないのに。
私は力の入らない足を引きずり、神殿からやっとのこと出た。
外は、日差しが強く、いつも日陰にいる私にとってその状況は辛いものだった。
それでも、行きたい。
あの泉に。
私はその泉に向ってゆっくりとおぼつかない足取りで進んでった。
チャプ… …となんとも言えない柔らかな音が私の耳をかすめ
私は、泉に近づいてきたことをやっと実感したのだった。
私の視界にうつるのは透明に澄んだ水の溢れる小さな泉で
泉の周りには名も知らぬ綺麗な花がポツ、ポツと所々生えていた。
昔はよく、ここで友達と遊んだ。そして、よく怒られた。
だってここは精霊の宿る、神聖な泉だから。
そんなところで遊んで、精霊を困らせたらダメなんだって。
「精霊さん、いますか?」
私はか細い声で呟やくようにして言った。
返事は、ない。柔らかな水の音がするだけ。
「精霊さん、いないんですか?」
私はもう一度、もっと大きな声で言った。
やっぱり答えてくれる人はいなかった。
いつも通りのことだから、気にしない。
きっと精霊なんて最初っから存在してないのだから。
私は小さな頃、思い描いていた精霊の可憐な姿を思い出し
泣きそうになりながら、泉に近づいていった。
冷たい空気は、私の頬を撫でてはくれない。
私はおそるおそる震える足を泉につけた。
泉は、冷たくなかった。
自然と、泣き叫ぶ声が出た。
ワアッと、悲痛なほどに叫んでいるのに、涙は出ない。
本当は、きっと声も出てはいないんだろう。
だって私は死んでいるんだから。
お祭りの日に銃殺されたんだから。
たくさんの人が私達の町へやって来て、所構わず銃を撃ちまくった。
その日は、悲鳴と銃声と、けたたましい足音と、怒号とが朝から響き渡っていた。
私は、母と砂漠に足を踏み入れた瞬間、殺された。
大きな銃声で耳が痛くて、打たれた胸が叫びたくなるほど痛かった。
母は、私と一緒に死んだのだろうか?わからない。
もし一緒に死んだんだったら何故私と一緒の場所にいないんだろう。
たくさんの人が死んだはずなのに、何故この廃都市には私しかいないんだろう。
廃れた町に1人っきり。
悲しくて、寂しくて、私は今日も泣き叫んだ。
また、この前と同じように元来た道を帰るのだ。
みんなの笑顔が溢れて、染みこんでいる道を、
賑やかに活気の溢れていた都市を、歩くのだ。
私は楽しかった思い出を、辛く思い返しながら
毎日、毎日、過ごしていくのだ。