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第10話 10分後の防犯カメラに、自分の死体が映っている。

夜勤の仕事は嫌いではなかった。

人が少ない。

電話もほとんど鳴らない。

誰にも話しかけられず、静かに仕事ができる。

大手物流会社の倉庫で警備員をしている航平にとって、

むしろ昼勤より楽だった。

その夜も、

午前一時までは。

勤務していたのは、

郊外にある巨大な物流センター。

地上四階。

夜間は自動搬送設備だけが稼働しており、人間はほとんどいない。

警備員は二名。

航平と、

六十代の先輩・大森。

午前0時50分。

大森が巡回へ出た。

「二階から回ってくるわ」

「お願いします」

「眠るなよ」

「寝ませんよ」

大森が警備室を出る。

航平は一人になった。

壁一面。

十六台の防犯カメラ映像。

搬入口。

倉庫。

廊下。

エレベーターホール。

非常階段。

異常なし。

航平はコーヒーを飲んだ。

1時02分。

モニターの一つが、

一瞬だけ乱れた。

ザーッ。

三階廊下。

「ん?」

映像が戻る。

誰もいない。

そして。

画面右上の時刻を見て、

航平は眉をひそめた。

1:13:24

「……は?」

現在時刻。

スマホ。

1:03

十分钟違う。

別のカメラ。

1:03。

別。

1:03。

三階廊下だけ、

1:13。

「時刻設定バグった?」

航平は操作端末を触る。

だが、

カメラ内部時計を変更する権限はない。

報告だけしておこう。

そう思った。

その瞬間。

三階廊下の映像に、

人が映った。

航平は画面を見る。

警備服。

男。

後ろ姿。

「大森さん?」

いや。

体格が違う。

男が振り返る。

航平の手が止まった。

「……俺?」

自分だった。

同じ制服。

同じ髪型。

同じ顔。

映像の航平は、

三階廊下を走っている。

何度も後ろを振り返る。

何かから逃げている。

「何だこれ」

録画映像?

いや。

右上。

1:13:41。

現在より十分钟先。

未来?

馬鹿馬鹿しい。

そう思った直後。

画面の中の自分が、

転んだ。

床へ倒れる。

起きようとする。

だが、

何かに足を掴まれたように、

後ろへ引きずられる。

画面の外へ。

航平は立ち上がった。

「……」

数秒。

誰もいない廊下。

そして。

画面左。

ゆっくり、

自分の体が戻ってきた。

仰向け。

目を開けたまま。

動かない。

首が、

ありえない方向に曲がっていた。

航平は椅子を倒した。

「嘘だろ」

映像右上。

1:14:03。

あと十一分。

航平は大森へ無線を飛ばした。

「大森さん」

返事なし。

「大森さん、聞こえますか」

ザー。

『……はいよ』

「今どこです?」

『二階』

「三階行かないでください」

『なんで』

「ちょっとカメラがおかしくて」

『故障?』

「たぶん」

『じゃあ確認するわ』

「行かなくていいです!」

大森が笑う。

『仕事だろ』

「いや」

どう説明する?

未来のカメラに自分の死体?

信じるわけがない。

航平は画面を見る。

三階廊下。

自分の死体。

その横。

何かが映り込んだ。

影。

人型。

だが、

真っ黒。

照明の下にいるのに、

顔も服も見えない。

影が死体の横にしゃがむ。

そして。

死体の耳元へ顔を近づけた。

映像に音声はない。

何かを囁いている。

航平のスマホが鳴った。

知らない番号。

「……」

嫌な予感。

出る。

「もしもし」

雑音。

ザー。

そして。

自分の声。

『三階に来るな』

航平は息を止めた。

「誰だ」

『俺だよ』

「……」

『十分钟後のお前』

航平は三階カメラを見る。

死んでいる自分。

「お前、生きてるのか?」

『まだ』

「カメラだと死んでる」

『その映像を信じるな』

「どういうこと?」

『あれは未来じゃない』

「じゃあ何だよ」

電話の向こう。

自分の呼吸。

『こっちが現在だ』

航平は黙った。

『お前が』

自分の声が続ける。

『十分钟遅れてる』

「意味わかんねえよ」

『俺も最初そう思った』

「俺は今1時04分だ」

『こっちは1時14分』

「だから未来だろ」

『違う』

『今、館内時計を見ろ』

航平は壁を見る。

デジタル時計。

1:04。

『パソコン』

1:04。

『スマホ』

1:04。

全部同じ。

『警備室の窓から外見ろ』

「何で」

『いいから』

警備室は一階。

小さな窓。

駐車場が見える。

航平はカーテンを開けた。

外。

暗い。

誰もいない。

『正面玄関の街灯』

「それが?」

『点滅してるだろ』

航平は見る。

点滅していない。

「してない」

電話。

『十分钟前はな』

その瞬間。

街灯が、

点滅を始めた。

パッ。

消える。

つく。

消える。

電話の向こうの自分。

『な?』

航平は震える。

「なんで知ってる」

『経験したから』

「じゃあやっぱり未来じゃねえか」

『だから違う』

『俺たちが十分钟先にいるんじゃない』

『お前が十分钟前に閉じ込められてる』

「どういうことだよ」

『警備室から出たらわかる』

航平はドアを見る。

「出たら死ぬ映像だった」

『それは三階』

「じゃあどこ行けばいい?」

電話。

『まず警備室を出ろ』

「信用できない」

『じゃあそこにいろ』

「……」

『そうしたら』

『あと七分で』

『警備室のドアを誰かが叩く』

航平は時計を見る。

1:06。

あと七分。

「誰が?」

電話の向こう。

長い沈黙。

『大森さん』

「何だ、大森さんか」

『ただし』

「何?」

『絶対に開けるな』

無線。

ザー。

『航平』

大森の声。

『今二階』

現在1時06分。

まだ大森は二階。

電話の未来の自分が言う。

『その無線、本物だ』

「じゃあなんで大森さんに開けちゃいけない」

『十分钟後』

『大森さんは三階で死ぬ』

航平は言葉を失った。

「カメラに?」

『見て』

モニター。

三階廊下。

1:16。

映像が切り替わる。

階段から大森が出てきた。

「大森さん!」

航平は無線を取る。

「三階行かないでください!」

現在の大森。

『まだ二階だって』

「これから行くでしょう?」

『まあな』

「行かないで!」

『だから何なんだよ』

カメラ。

未来の大森。

廊下を歩く。

自分の死体を見つける。

立ち止まる。

しゃがむ。

その瞬間。

画面上部。

天井。

何かが落ちた。

黒い影。

大森の上。

映像が乱れる。

ザー。

戻る。

大森も倒れている。

航平は無線で叫んだ。

「絶対に三階に行かないで!」

大森。

『わかった、わかった』

『そんな怒鳴るな』

「二階で待っててください」

『了解』

少し安心した。

未来は変えられる。

そう思った。

その瞬間。

カメラ映像の大森の死体が、

消えた。

航平の目が見開く。

「……変わった」

電話。

『違う』

「何が?」

『今ので失敗した』

「大森さん助かったんだぞ」

『違う!』

自分の声が叫ぶ。

『大森さんに話しかけちゃダメだった!』

「何で?」

電話の向こう。

『そいつが』

『無線を聞いてる』

その瞬間。

無線。

大森の声。

『航平』

「はい」

『今さ』

「何です?」

『俺の後ろに誰かいる?』

航平の体が固まる。

「見るな!」

『何だよ急に』

「振り返らないでください!」

沈黙。

『……』

「大森さん?」

『今』

『肩叩かれた』

「走って!」

ザー。

無線が切れた。

1時08分。

航平は警備室を飛び出そうとした。

電話。

『待て!』

「大森さん助ける!」

『間に合わない』

「まだ生きてる!」

『行ったらお前も死ぬ』

「じゃあどうするんだよ!」

電話。

『エレベーターを見るな』

「何?」

『今から警備室の前を通る』

廊下。

エレベーター。

チン。

到着音。

航平は反射的にモニターを見る。

電話。

『見るなって!』

だが遅い。

エレベーターのドアが開く。

中。

誰もいない。

しかし。

床。

血。

大量。

廊下へ流れ出してくる。

その上に。

無線機。

大森のもの。

航平の呼吸が止まる。

「大森さん……」

エレベーター。

奥。

鏡。

そこに大森が映っている。

立っている。

本体はいない。

鏡の中だけ。

大森が必死に何か言う。

口の動き。

後ろ

航平は振り返りそうになる。

電話の自分が叫ぶ。

『振り返るな!』

航平は前だけを見る。

首筋。

何かの気配。

「いる」

『わかってる』

「後ろにいる」

『だから見るな』

「何なんだよ」

『わからない』

『でも』

電話の自分が言う。

『そいつは振り返った人間の顔を使う』

航平は大森の鏡像を見る。

『大森さんは振り返った』

鏡の大森。

首が、

ゆっくり曲がる。

不自然な角度。

そして。

笑った。

航平は目を逸らす。

エレベーターが閉まった。

1時10分。

あと四分で、

カメラ上の自分が死ぬ。

「俺は何すればいい」

電話。

『三階へ行け』

「は?」

『三階』

「俺が死んだ場所じゃねえか」

『そう』

「行くわけないだろ!」

『聞け』

未来の自分。

『カメラの死体』

「うん」

『よく見ろ』

航平は三階廊下を見る。

死体。

自分。

だが。

何か違う。

「……」

顔。

確かに自分。

制服も同じ。

しかし。

左手。

腕時計。

航平は自分の腕を見る。

腕時計。

黒。

死体の時計。

銀。

「俺じゃない」

『そう』

「じゃあ誰?」

『たぶん』

電話。

『そいつだ』

「黒い影?」

『お前の顔を使ってる』

「じゃあ俺は三階で死なない」

『まだわからない』

「何が?」

『そいつは』

『死んだ人間の姿じゃない』

『これから殺す人間の姿になる』

航平の呼吸が止まる。

死体の顔。

自分。

「次は俺ってこと?」

『そう』

時計。

1時11分。

電話。

『だから先に見つける』

「どうやって」

『三階にある管理サーバー』

「カメラの?」

『映像の遅延を直す』

「遅延?」

『今のお前は十分钟遅れてる』

『サーバーをリセットすれば』

『時間が戻るかもしれない』

「かもしれない?」

『ほかに方法ない』

航平は警備室を出た。

非常階段。

三階へ。

一段。

一段。

足音。

自分だけ。

電話はつながっている。

「今何分?」

『こっちは1時22分』

「俺1時12分」

『ズレたまま』

二階。

通過。

「大森さん?」

返事なし。

廊下を見ない。

三階。

ドアの前。

電話。

『開ける前に』

「何?」

『絶対に右を見るな』

「右?」

『カメラの死体がある』

航平は息を整える。

ドアを開ける。

三階廊下。

正面。

左。

管理室。

右は見ない。

だが。

視界の端。

足。

警備靴。

床に誰か倒れている。

航平は目を逸らしたまま管理室へ向かう。

背後。

ズズ。

何かを引きずる音。

「動いた」

電話。

『見るな』

ズズ。

近づく。

「来てる」

『走れ』

航平は管理室へ飛び込む。

ドアを閉める。

鍵。

ガチャ。

直後。

ドン。

ドアが叩かれる。

ドン。

ドン。

「早く!」

電話。

『サーバーラック三番』

航平は機械の前。

「どれ?」

『上から四つ目』

電源。

「切るぞ」

『待て』

「何?」

電話の自分が息を荒くしている。

『こっちでも』

「何が?」

『今』

『誰かドア叩いてる』

航平の管理室。

ドン。

電話の向こう。

同じ音。

ドン。

二つの音が完全に重なる。

「時間が近づいてる?」

『多分』

時計。

航平。

1時13分。

電話の自分。

『こっち1時14分』

十分钟差が、

一分になっている。

「なんで」

『三階に来たから』

ドン。

差。

三十秒。

『航平』

「何?」

『この電話』

「うん」

『あと少しで切れる』

「リセットすればいいんだろ!」

『待て』

「何だよ!」

未来の自分が、

震える声で言った。

『俺、思い出した』

「何を?」

『最初にこの電話をかけてきたの』

『俺じゃない』

航平の手が止まる。

「何言ってる」

『俺も』

『十分钟先の自分から電話が来た』

「じゃあ繰り返してる?」

『違う』

『声は自分だったけど』

『あれ』

電話の向こう。

『こいつだった』

ドア。

叩く音が止まった。

静寂。

「……」

電話。

『航平』

声が変わった。

ほんの少し。

低い。

『リセットして』

航平は動かない。

「お前誰だ」

電話。

『俺だよ』

「違う」

『航平だよ』

「違う」

『早く』

「お前、俺じゃないだろ」

電話の向こう。

笑い声。

自分の声で。

『やっと気づいた』

通話が切れた。

管理室。

静か。

航平はスマホを見る。

圏外。

サーバー。

電源。

リセットしていいのか。

罠なのか。

そのとき。

管理室内の小型モニターがついた。

三階廊下。

リアルタイム。

右上。

1:14:03

現在時刻。

スマホ。

1:14:03

時間が追いついた。

映像。

廊下。

自分の死体。

銀の時計。

そして。

管理室のドア前。

黒い影。

立っている。

カメラを見上げる。

顔。

航平。

ニヤリと笑う。

スピーカーから、

自分の声。

「開けて」

航平は後ずさる。

「開けるわけねえだろ」

「俺だよ」

「違う」

「さっきまで話してたじゃん」

「お前は俺じゃない」

影。

「じゃあ」

「お前は誰?」

航平は黙る。

「証明できる?」

「……」

「名前」

「航平」

「俺も」

「生年月日」

航平が答える。

影も同時に答える。

「母親の名前」

同じ。

「初恋の相手」

同じ。

「小学校の担任」

同じ。

すべて知っている。

影が笑う。

「どっちが本物?」

航平はスマホを見る。

写真。

連絡先。

自分。

間違いない。

影。

「確認しようか」

「何を」

「鏡」

管理室の壁。

小さな鏡。

航平は見ない。

「お前」

影の声。

「さっきから鏡見てないだろ」

「……」

「怖い?」

「黙れ」

「見ればわかるよ」

「黙れ!」

「本物なら」

「ちゃんと映る」

航平は鏡に背を向ける。

そのとき。

鏡の中から、

大森の声。

「航平」

航平は固まる。

「大森さん?」

「見るな」

鏡の声。

「絶対に」

影。

「嘘だよ」

大森。

「俺は見た」

「それで」

声が震える。

「取られた」

航平は鏡を見ない。

「何を」

大森。

「時間」

「時間?」

「そいつ」

「十分钟ずつ」

「人間の時間を盗る」

影がドアを叩く。

ドン。

大森。

「盗られた人間は」

「自分が十分钟遅れてると思う」

航平は息を呑む。

「じゃあ」

「カメラが未来を映してたんじゃない」

大森。

「違う」

「お前だけが」

「過去にいた」

航平はサーバーを見る。

「リセットしたら?」

大森が叫ぶ。

「するな!」

影。

「リセットして」

大森。

「全部戻る!」

影。

「そうだよ」

大森。

「違う!」

「そいつが盗った時間が全部!」

「一気に戻ってくる!」

「どうなる?」

大森。

「お前は」

「十分钟後へ飛ばされる」

影が笑う。

「それがいいんだよ」

航平は意味を理解する。

十分钟後。

カメラに映っていた、

自分の死体。

つまり。

リセットすれば、

そこへ到達する。

「じゃあどうすればいい!」

航平が叫ぶ。

鏡の大森。

「返させろ」

「どうやって」

「そいつを」

「自分より前に出せ」

「意味わかんねえ!」

大森。

「そいつは」

「後ろにいる人間の時間しか取れない」

航平の脳裏。

巡回中。

肩を叩かれた大森。

振り返った。

背後。

奪われた。

「じゃあ俺が」

「そいつの後ろに回れば?」

「そう」

影が急にドアを強く叩く。

ドン!

「聞くな!」

ドン!

「開けろ!」

航平は考える。

ドアは一つ。

影は外。

どうやって後ろへ?

管理室。

もう一つ。

非常用の点検口。

天井。

配線通路。

航平は机に乗った。

点検口を開ける。

狭い。

だが通れる。

鏡の大森。

「急げ!」

航平は天井裏へ。

這う。

下。

影が管理室のドアを破った。

バン!

「航平!」

声。

自分。

「どこ?」

航平は息を殺す。

天井裏を進む。

廊下の先。

点検口。

影の後方に出られる。

ゆっくり開ける。

下。

黒い影。

背中。

航平と同じ姿。

影は管理室の中を探している。

航平は音を立てずに降りる。

一歩。

二歩。

影まで三メートル。

二。

一。

航平が言った。

「おい」

影が止まる。

航平。

「こっちだ」

影が、

反射的に振り返る。

目が合う。

その瞬間。

影の顔。

崩れた。

航平ではない。

大森。

知らない男。

女。

子ども。

何十人もの顔が、

一瞬ごとに入れ替わる。

そして。

叫ぶ。

「見るな!」

だが。

もう遅い。

航平は影の背後に立っている。

館内の時計が、

逆回転を始めた。

1:14。

1:13。

1:12。

影が苦しむ。

体から、

黒い煙。

その中に、

無数の声。

「返せ」

「返せ」

「返して」

一分。

二分。

三分。

時計が戻る。

そして。

1:04。

停止。

影が消えた。

床に。

大森が倒れていた。

「大森さん!」

航平は駆け寄る。

大森が目を開ける。

「……航平?」

「大丈夫ですか!」

「俺」

「二階にいたはずなんだけど」

生きている。

航平は笑った。

「助かった……」

防犯カメラ。

三階廊下。

普通。

死体なし。

黒い影なし。

時間。

1:04。

すべて戻った。

朝。

交代の警備員が来た。

航平と大森は、

昨夜のことを上司に説明しなかった。

説明できない。

カメラ映像を確認しても、

異常はなかった。

1時から1時15分。

航平はずっと警備室。

大森は二階を巡回。

それだけ。

「夢だったんかな」

大森が言う。

「二人で同じ夢見ます?」

「ないよな」

航平は苦笑した。

勤務終了。

外。

朝日。

駐車場。

普通の世界。

大森が車へ向かう。

「じゃあな」

「お疲れさまでした」

航平も自分の車へ。

スマホを見る。

午前7時12分。

そのとき。

通知。

防犯カメラアプリ。

夜勤者用に入れている社内アプリ。

動体を検知しました。

「今?」

もう日勤がいる。

航平は何気なく開く。

三階廊下。

現在。

誰もいない。

「誤検知か」

閉じようとする。

すると。

映像の時刻。

7:22

航平の動きが止まる。

スマホ。

7:12。

また。

十分钟先。

「嘘だろ……」

画面。

三階廊下。

誰かが歩いてくる。

日勤の警備員。

その後ろ。

黒い影。

「……」

航平は会社へ戻ろうとした。

その瞬間。

画面が切り替わった。

駐車場カメラ。

7:22。

自分の車。

運転席。

航平が座っている。

動かない。

頭が、

ハンドルの上に垂れている。

死んでいる?

そして。

後部座席。

黒い影。

航平は現実の自分の車を見る。

まだ誰も乗っていない。

「乗らなきゃいい」

未来を変えればいい。

そう思った。

車から離れる。

歩いて駅へ行く。

そのとき。

スマホ。

新しいカメラ映像。

駅へ向かう道路。

7:23。

歩いている航平。

その後ろ。

黒い影。

「……」

次。

コンビニ。

7:24。

次。

交差点。

7:25。

どこへ行っても。

後ろにいる。

航平は走った。

振り返らない。

絶対に。

スマホが鳴る。

知らない番号。

出ない。

鳴る。

出ない。

何度も。

留守番電話。

自動再生。

自分の声。

『航平』

「……」

『これ聞いてるなら』

『絶対に振り返るな』

航平は走り続ける。

『そいつ』

『消えてない』

「わかってる」

『違う』

『もっと悪い』

声が震える。

『昨日まで』

『そいつは十分先にいた』

航平は足を止めそうになる。

『でも今』

『九分』

スマホの時計。

7:15。

カメラ。

7:24。

九分差。

『次は八分』

画面。

7:23。

現実。

7:15。

八分。

差が縮まっている。

『追いつかれたら』

「どうなる」

留守番電話の自分。

『お前が』

『次のそいつになる』

航平は走る。

七分。

六分。

五分。

未来映像。

黒い影が近づく。

四分。

三分。

二分。

航平の息が切れる。

一分。

目の前。

駅。

人が多い。

助けを求める?

無意味。

スマホ。

現在7:21。

カメラ。

7:21。

時間が一致した。

航平は立ち止まった。

周囲。

通勤客。

誰も異常に気づかない。

スマホ。

画面が真っ暗になる。

そこに、

自分の顔が反射している。

そして。

その後ろ。

黒い影。

航平は、

振り返らない。

影が耳元で囁く。

「やっと追いついた」

航平は目を閉じた。

「振り返らないぞ」

影が笑う。

「本当に?」

「……」

「じゃあ」

「前を見て」

航平はゆっくり目を開けた。

駅の大型広告モニター。

黒い画面。

そこに。

自分が映る。

その隣。

黒い影。

つまり。

振り返らなくても、

見えてしまう。

影の顔。

航平。

自分と同じ。

そして。

画面の中の“航平”が言った。

「今度は」

「俺が本物」

現実の航平は動けない。

広告モニター。

スマホ。

駅の窓。

電車のガラス。

あらゆる反射面に、

もう一人の航平が映る。

現実より、

一瞬早く動く。

そいつが右手を上げる。

一秒後。

航平の右手が勝手に上がる。

そいつが一歩前へ。

航平も一歩。

「やめろ」

画面の中。

「十分钟もいらなかったな」

航平は抵抗する。

体が動かない。

画面の航平が、

ゆっくり後ろを向く。

現実の航平の体も、

勝手に回り始める。

「やめろ!」

首。

肩。

腰。

後ろへ。

「やめろ!」

残り。

ほんの少し。

背後に何がいる。

見たら終わる。

航平は必死に目を閉じる。

画面の自分が言う。

「目を閉じても」

耳元。

「顔は後ろを向くよ」

その瞬間。

誰かが、

航平の肩を掴んだ。

人間の手。

「お兄さん!」

航平の体が止まる。

駅員だった。

「大丈夫ですか?」

航平は前を向いたまま、

崩れ落ちた。

「……後ろ」

「え?」

「後ろに」

駅員が、

航平の背後を見る。

表情が変わった。

「……誰もいませんよ?」

影。

消えている。

航平は泣きながら息を吐いた。

助かった。

今度こそ。

その日の夜。

航平は仕事を休んだ。

自宅。

テレビも消した。

鏡には布。

スマホは伏せる。

一人。

午前0時。

何もない。

1時。

何もない。

2時。

航平は少し安心した。

眠れる。

そう思った。

ベッドへ。

電気を消す。

その瞬間。

玄関から、

小さな電子音。

ピッ。

防犯カメラ?

自宅にはそんなものはない。

スマホ。

通知。

新しいデバイスが追加されました。

開く。

見覚えのないカメラ一覧。

カメラ01。

寝室。

現在の航平がベッドにいる。

「……」

どこから撮っている?

天井?

カメラ02。

廊下。

カメラ03。

玄関。

そして。

カメラ04。

名称。

10分後

航平は指を止める。

開かない。

絶対に。

だが。

画面が勝手に切り替わった。

10分後。

寝室。

ベッドに、

航平はいない。

その代わり。

カメラの真下。

黒い影が立っている。

背中を向けて。

映像の右上。

2:17。

現在。

2:07。

航平はスマホを伏せる。

「見ない」

布団をかぶる。

そのとき。

スマホから、

自分の声。

『航平』

耳を塞ぐ。

『今回は簡単だよ』

「聞かない」

『10分間』

「やめろ」

『後ろを見なければ』

「やめろ!」

『助かる』

航平は目を閉じた。

十分。

たった十分。

振り返らなければいい。

スマホ。

2:08。

あと九分。

背後。

何かが歩く。

ぺた。

ぺた。

2:10。

あと七分。

「航平」

母の声。

無視。

2:12。

父。

「おい」

無視。

2:14。

大森。

「振り返るな」

「……」

なぜ、

振り返るなと言う?

本物?

罠?

2:15。

あと二分。

背後。

子どもの声。

「ねえ」

2:16。

あと一分。

「どうして」

「一回も」

「こっち見てくれないの?」

航平は震える。

時計。

2:16:50。

十秒。

9。

8。

7。

影が耳元。

6。

「じゃあ」

5。

「こっちから」

4。

「前に行くね」

3。

航平の目の前。

暗闇。

2。

そこへ、

黒い顔が、

下からゆっくり現れた。

1。

「こんばんは」

航平は叫んだ。

時計。

2:17。

照明がつく。

誰もいない。

「……」

航平は息を荒くする。

終わった?

スマホ。

カメラ04。

映像。

寝室。

2:17。

ベッドの上。

航平。

生きている。

黒い影。

いない。

「助かった……」

画面の中の航平も、

口を動かした。

助かった。

同時。

いや。

違う。

画面の航平が、

一秒早い。

そいつが、

ゆっくり笑った。

現実の航平は、

笑っていない。

そして。

一秒後。

航平の口元が、

勝手に持ち上がった。

スマホの中の自分が、

カメラへ顔を近づける。

そして。

画面越しの航平に言った。

「次は」

「お前が十分钟前」

画面が暗転。

その直後。

航平のスマホに電話がかかってきた。

表示。

10分後の自分

航平は出なかった。

着信が切れる。

すぐまた鳴る。

出ない。

三回目。

四回目。

五回目。

そして。

留守番電話。

自分の声。

『もしもし』

『今、家にいる?』

航平はスマホを床へ投げた。

だが声は止まらない。

『一人?』

航平は耳を塞ぐ。

『だったら』

『絶対に』

少し間。

『後ろを振り返らないで』

航平の背後。

誰かが、

ベッドへ腰掛けた。

布団が、

ゆっくり沈んだ。

――第10話 完――

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