/F_o_a_F/ (たぶん)友達のともだちから聞いたはずの不穏な話
親切
_/2019年/東京都江戸川区/男性/26歳/会社員/
雨の夜。
K君は残業続きでぼーっとした頭をしゃきっとさせるため、スマホのボリュームをあげて大音量で音楽を聴きながら家路を急いでいた。傘を打つ雨の音も激しかったはずだが、先日買い換えたばかりのちょっと高級なワイヤレスイヤホンが、お値段に相応しい優秀なノイズキャンセリング機能を発揮している。外界の雑音を遮断して、頭の中に響き渡るのはただ、殺伐としたギターの音色だけだった。
自宅のマンションに着き、エレベーターに乗り込んだとき、エントランスに入ってくる人影を目の端に捉えた。当然のエチケットとして、K君は「開」ボタンを押したまま、その人が来るのを待った。
ビニール合羽姿のおじいさんが、両手に重そうな荷物を持ってよろけるように乗り込んできた。
「~~~~~……」
ニコニコ笑いながら、しきりに頭をさげて何かを呟いている。K君はイヤホンをしたままだったのでよく聞こえなかったが、たぶん「すみません」とかなんとか、待っていたことへの礼を述べられているのだろうと思い黙礼した。
自分の部屋がある階のボタンを押し、ぼんやりと階数表示板を見上げる。
二階、三階、四階……。
と、ボタンを押したのが自分だけだったのに気づいた。
おじいさんを見ると、またひょこひょこおじぎを繰り返しながら口をもごもごさせている。あいかわらず笑みを浮かべているが、その表情は少し困っているようにも見えた。
両手がふさがっているので行き先階のボタンを押してくれませんかと頼まれていたのを聞き逃したか。
そう思ったK君は、慌ててイヤホンをはずした。
「あ、すいません、何階を……」
「~~~~~~~~~」
意外と響く声でおじいさんが呟いていたのは、お経だった。
おじいさんは口元に笑みをたたえたままK君を見つめ、かくかくと頭を振り、よくわからない、でもどこかで聴いたことのあるお経を唱えていた。
エレベーターが停止し、足早で降りたK君の背中に向けて、低い声で朗々と響く読経は続いた。
振り返らなかったので、おじいさんがどの階で降りたのかは知らない。




