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09 国を興して王になる

 部屋にはマジョリカとアレン大佐のふたりが残された。


 大佐は机にちかづき、さきほどまでユートが座っていた椅子に腰をおろした。


「なんで売らなかった?けっこうな利益になったと思うが」


 あなたの目が売るなと言ってたから、とはマジョリカは言わない。


 それが一番の理由だったが、唯一の理由というわけでもない。だから二番目の理由を言った。


「わたくしはこの街の多額の投資をしています。それが利回りのいいリターンとなって店の屋台骨(やたいぼね)を支えている。もし外敵がここを占拠したら、それがすべて破壊される。たしかに金貨で1万枚は魅力的ですが、永年かけて構築した集金システムを手放すほどの価値はありません」


「ほう、俺はてっきり盗人街に()かれていると思った」

「あなたまで変こと言わないでくださる?誰がこんなゴミ溜めに()れるものですか、金貨1万枚どころじゃなく、もっと莫大な資金が手に入ればこんな街すぐにでもおさらばします」


 マジョリカがいつもより多弁であるようにアレン大佐は感じた。


 なにかを気とられまいとする心理の表れか、あるいは単に思いすごしか。いずれにせよ会話が続くかぎりは彼女の近くにいられるのだから、大佐にとってはありがたい状況だった。


「莫大な資金って具体的にはどのくらい?」


 なんとなく訊いてみた。


「すごくいっぱいです」


「いっぱいって?」

「いっぱいはいっぱいです」


 具体的な金額は想定していないらしい。


「たとえそれが天文学的な金額だろうと、あなたは手に入れるだろう。いままでだって(あきな)うことで欲しいものは何でも手に入れてきたんだから」


 アレン大佐は優秀な傭兵であると同時に、勘所(かんどころ)をわきまえた幇間(ほうかん)を演じる器用さも持っていた。


 こういった雇い主の虚栄心(きょえいしん)をくすぐる細かい配慮が顧客との良好な関係を持続させ、彼の所有する傭兵団ワイルドギースの財政基盤を盤石(ばんじゃく)なものにしている。


 ゆえに彼はマジョリカから高飛車(たかびしゃ)な笑みをひきだせると予想したが、なぜだか彼女は「そうでもないです」と言った。


 どこか寂し気だった。


 大陸で一二を争う名家の血筋であるマジョリカは生まれたときから人生を一族の繁栄のために費やすことが定められていた。


 食事や衣装、住居から結婚相手まで自分の意志がはいる隙間がない。


 自立精神が旺盛(おうせい)ゆえ、そんな生きかたが嫌でしかたがなかった彼女はちがう未来への糸口を金貨に見出した。


 早々に家柄とは決別してキャラバンであちこちを巡っては雑用で金をため、15歳で自分の露店を持ったのを皮切りにみるみる事業を拡大させていった。


 わたくしが金貨を裏切らないかぎり、金貨もわたくしを裏切らない。


 彼女のモットーは誠実な取引として顕在化し、あこぎな商人たちに辟易(へきえき)していた人々の信用をたちまち勝ちとった。


 その姿勢は盗人街に本拠を構えてからも変わることなく、海千山千(うみせんやません)の商人たちを尻目(しりめ)に毎期々々売り上げを更新しつづけている。


 しかし、そんな彼女をもってしても、目の前にいるアレン大佐を手に入れる(すべ)が見つからない。


 そもそも自分から告白するという概念がない。


 若いころから商売一筋の彼女は経済的なつながりでしか人間関係を造ったことがないため、利害を抜きにして人とつながるにはどうしたらよいのか分からないのだ。


 唯一得意とする財力を使って彼の気を()こうと理由なく報酬を上げてみたが、結果は身辺警護の隊員が増え、店の守りが拡充(かくじゅう)されるばかりであった。


 状況はアレン大佐も同じだった。両親を戦禍(せんか)で失い。傭兵団に(もら)われた彼の半生は、そのまま戦争の歴史である。


 いつ死ぬかわからない。だから今を精一杯生きる。

 そんな刹那的(せつなてき)な欲望自然主義がまかりとおる傭兵稼業にあって、彼は部隊に家族的なつながりを求めた。


 隊員同士の信頼を深め、戦闘のときは互いに守りあうという、一見すると傭兵業と矛盾する新機軸(しんきじく)を打ちたてた。


 ところがこれが組織的な戦力の向上をうながして、旗揚(はたあげ)げ間もないワイルドギースは大陸でも屈指(くっし)の傭兵団へ成長した。


 アレン大佐が初めてマジョリカに会ったとき、彼女はまだ駆けだしの小商人にすぎなかった。


 それから数年の間にふたりは協力して商売を大きくしていったが、ふたりの距離はなかなか縮まらなかった。


 覚醒者ゆえか、あるは門閥(もんばつ)出身の気位(きぐらい)の高さが無意識に(にじ)みでているのか、マジョリカにはどこか個人を超越(ちょうえつ)した雰囲気があった。


 人とのつながりを持とうとしているより、むしろ厚い壁を(もう)けて仕切り、たったひとりで前人未踏(ぜんじんみとう)の高みへ向かおうとしているようにアレン大佐には思えた。


 しかし同時に大佐は彼女の背中に孤独の影を見つけてもいた。


 いつかあの厚い壁を越えて心を通わせ、寂しげな影を取りさってあげたい。そして代わりに自分の居場所にしたい。


 そんな(ほの)かな思いが大佐にはあった。


「大佐はどうなのです?ほしい物はあるのですか?」


 買える物なら何でも買ってやるつもりで訊いた。アレン大佐はしばらく首をかしげていたが「物ってわけじゃないのだけど」と歯切れわるく言った。


 彼のような傭兵の身分にあっては、思う存分に酒を飲み、多くの女性を抱くことくらいが実現の許される精一杯の夢である。


 しかし、大佐の夢はほかの傭兵たちのそれと規模と方向性において一線を画していた。


「こんな時代だから、(いち)から国を(おこ)すっていうのも可能なんじゃないかと思うことがある」

「新政府みたいなものですか」


「そうだ、ワイルドギースを国軍にして新しい政治や法律をつくって、俺はそこの王になることを時々想像することがある」


 言ったあと恥ずかしそうに笑って「子供っぽいだろう?」とつけ加えた。


 ところがマジョリカは思いのほか真剣な面持ちで「そうですか、あなたは王になりたいのですか」と腕をくんで考え込んでいる。


 ふと気づくと、うすく開いた扉からメイドがふたりを隙見(すきみ)していて、こちらの視線に気づくなり「お邪魔でしたか?」と平坦(へいたん)に訊いた。


 マジョリカは睦言(むつごと)を聞かれたような恥ずかしさを覚えて「まったく邪魔じゃありません。ぜんぜん(ひま)ですよ」と必要以上に否定した。


 だからだろう、そのあとメイドから本日二度目の飛びこみ客が来たと告げられたときも「お通しして、ぜんぜん(ひま)ですから」と不本意な道を走りつづけてしまった。


 メイドが通路に消えたあと、心の動揺をおさめる間もなく扉が勢いよく開き、20歳にも満たない短髪の少女がズカズカ部屋に入ってきた。


 彼女は椅子に座るアレン大佐のまえで立ちどまり、彼を睨むように見つめて、わたしの名前はキャロラインと胸に手をあてながら自己紹介した。


「あなたは盗人街で一番大きな店を持っていて、一番信用できる取引をすると聞いたわ。あなたに買い取ってもらいたいものがあるの。とても高価なもの」


 アレン大佐は席を立って彼女に譲りつつ、商人はあっちとばかりにマジョリカに手をのばした。


 キャロラインはマジョリカに視線を移すと一瞬だけ意外な顔をしたが「そうか、魔女だから女性か」とちいさく言った。


 それからアレン大佐に披露(ひろう)した自己紹介を、マジョリカに向かってくり返した。


     

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