07 空の脅威を排除せよ
ユートはディープが教えてくれた寄託所に行って自分の名前をつげた。
入れ墨だらけのゴツい店員は黙ってうなずき、奥の棚から小ぶりな鞄を取りだして彼に渡した。
こんな鞄に金貨が1万枚も入るのかなと思いつつ、寄託所の隅に張りついて中身を確認すると、そこには金貨100枚を紐で十字に留めた束が10×10の配列できれいに並んでいた。
このまま鞄を持って遠くへ逃げてしまいたい衝動に駆られる。
とはいえ、そんな度胸もない彼は鞄を胸に抱いて寄託所をあとにした。
大通りから東におれて、入り組んだ道をすすみつづけると大きな半円状の構造物が見えてきた。
それは旧時代に空の攻撃から兵器を守るため造られたバンカーであり、本来は口をぱっくりと開けているのだが、マジョリカはそこを何重もの鋼板で封鎖している。
バンカーの前まで歩き、壁の一角に板チョコを思わせる扉を見つけて足をとめた。
『通信はここまでだ。幸運を祈る』
ディープの無線に「ああ祈っててくれ」と答えてユートは通信を切った。扉のノッカーを鳴らすと周囲にカンカンと乾いた音が反響し、ややあって扉のむこうに人の気配がした。
細いのぞき窓がひらき、長いまつ毛の瞳がユートを捉えた。
「ご用件は?」
落ちついた、落ちつき過ぎて冷たい女性の声だった。
「大商人マジョリカに売ってほしい物がある。取りついでほしい」
「大通りに店頭販売の店舗がございます」
「そこじゃ扱っていない。だから魔女に直接会いにきた」
「お約束は」
「ない」
「紹介状はお持ちですか?」
「ない」
「身分を証明するものは?」
「すまんが、なんにもない」
のぞき窓がぴしゃりと閉まって場が静まりかえる。
しばらく待ったが反応はない。さっそく作戦失敗かと不安になったが、ディープの言葉を思い出した。
飛びこみの客でも金貨が大量にあることを示せば話を聞いてくれる。
「大口の取引なんだ。金は用意してある」
依然沈黙である。
「金貨で1万枚だ」
扉のむこうでくぐもった会話が聞こえた。
しばらくするとのぞき窓が勢いよく開き、先ほどとは違い男性の鋭い目がユートを見た。
「見せてみろ」との声にしたがい、胸元の鞄をまえに出して扉に向かって開いてみせた。
のぞき窓が閉まり、金属の駆動する音が連続で聞こえたあと扉がゆっくり開いた。出迎えたのはマルチカム迷彩のうえから強化樹脂ベストを装備した男性だった。
年齢は20代中頃だろうか。栗色の髪のあいだから見えるするどい眼と服のうえからでも分かるひき締まった身体から想像するに、マジョリカが雇っている傭兵だろう。
彼の背後から小柄な女性が姿をあらわした。
最初にのぞき窓を開けた女性だ。傭兵より少し若くて、ユートと同じくらいの年という印象を受けた。
腰まである長い銀髪で、血の気のない真っ白な顔に大きな瞳とルビーのようなのくちびるが映える。服装は水色のロングドレスのうえからフリルの着いた白いエプロンという、なぜかメイド然とした格好である。
彼女はスカートを両手でつまむように持ちあげ、右足のつま先を床につけた。それが古風な挨拶だと気づいたユートは急いで挨拶を返したが、彼女はそれを見ることなく、こちらに背をむけて機械的な動作で奥へ歩いてゆく。
どうしたものかと傭兵を見ると、彼はメイドを指さした。ついていけということらしい。
ユートがメイドの背中を追いはじめると傭兵もあとに連なった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
店内はいくつもの部屋で区画され、その部屋もまた衝立で仕切られて迷路みたいだった。書類をかかえた従業員や彼らに案内される顧客らしき人たちを何度か見かけた。
メイドは階段をあがり2階の通路をすすむ。
廊下に面した窓から倉庫らしき区画が見おろせた。そこは広大な空間で兵員輸送車や運搬トラックが所せましと並べられていた。中には砲塔を備えた軍用車両や対空機関砲まである。
あれ絶対に新政府軍の横流しだろうとユートは思った。
メイドが両開きの扉のまえで立ちどまった。軽いノックをして「お客さまをおつれしました」と言ってから扉をあけ、ユートに入室をうながした。
部屋に一歩踏みいれた彼は、自分を取りまく空間に言葉を失った。
浮彫細工のほどこされた乳白色の壁にフレスコ画の描かれた丸天井、そこから下がるのは旧時代中期のシャンデリア。貴賓室を思わせる豪華な部屋だった。
別世界の雰囲気に圧倒されながら周囲を見渡していたユートは、部屋の中央にある飴色の机に向かい、楚々とした姿勢で書類に目をおとす女性に気づいた。
それ自体が発光しているような輝きをつ長い金髪と涼しげな青い瞳、細い身体のラインを殊更強調する深紅のドレスを纏い、大胆に開いた胸元には溢れんばかりの胸がのぞいている。
雅やかな衣装と優美な佇まいは貴族の令嬢を連想させた。
しかしユートは知っている。
彼女こそ盗人街で最も手びろく商売をしている大商人であり、盗人街の有力者のひとりでもある「マジョリカ」。
通称「魔女」である。
「大金を持参してこの街に来るなんて、度胸があるのか、あるいは単に馬鹿なのか。どちらでしょう」
マジョリカは書類から目をはなしてユートを見た。
「これしかあなたと取引する方法が思い浮かばなくて」
「たしかに、信用取引できる間柄じゃないですものね」
メイドが扉を閉めようとしたとき、ついてきた傭兵が扉を手で押さえてするりと部屋にはいってきた。メイドは彼を見あげて目を瞬いたあと、伺うような視線をマジョリカに送った。
「アレン大佐、なんですか?取引に傭兵は不要ですよ」
「いやあ、素性の判らないやつだから、あなたに何かあったらいけないと思って」
アレン大佐と呼ばれた男性はユートの身体を眺めながら言った。
マジョリカは納得したようにうなずくとユートを見て「彼も同席していいかしら?」と訊いた。いいかどうか分からなかったから、とりあえず「ああ」とだけ言った。
メイドが部屋の端から椅子をもち上げて机のまえに置き、どうぞとユートに着席をうながし、自分は部屋の隅にある作業用の机についた。
アレン大佐はユートの退路を塞ぐように扉のまえに立った。
「わたくしのことは誰から聞いたのかしら?」
マジョリカはゆっくりと椅子に背を預けながら訊いた。
「あなたの名声は街の外まで届いている」
「ふむ、悪い気はしませんね」
言いながら腕をくんで机に乗せた。
「で、わたくしは何をお売りすればよろしいのでしょう?」
ユートは勢いをつけるように膝を軽く叩いた。
「あなたが所有するガンシップを売ってほしい」
「ガンシップ?」
そんなの仕入れただろうかという顔でメイドを見たが、答えたのはアレン大佐のほうだった。
「俺が注文したんだ。あなたに予算を組んでもらって」
「ああ、哨戒で飛ばしているあれですか」
メイドは年季の入った端末とぶ厚い帳簿を交互に眺めたあと、エプロンから紙を取りだして一筆したためマジョリカにわたした。
おそらくガンシップの仕入値か流通価格が書かれているのだろう。
「そのガンシップを金貨1万枚で買いたい。あなたにとって得な取引のはずだ」
マジョリカはメイドの紙を一瞥したあと、
「たしかに、こちらに有利な取引です。お売りしましょう」
即決だった。
空の脅威が呆気なく排除された。ユートは口の端をわずかに上げ微笑をつくって見せたが、実際は小躍りしたいほどだった。
マジョリカは手を伸ばしてユートに握手を求めた。
そのとき、ほんのつかの間、彼女がアレン大佐を見た気がした。
まるでふたりだけに解る秘密の通信がなされた感じだ。
ユートがマジョリカの手を握ろうとしたとき、彼女はさっと身をひき、彼の手は空をつかんだ。
「ただし、引きわたしは1カ月後になります」
ユートの口元から笑みが消えた。
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