54 新しい朝
アレン大佐はマジョリカとの合流地点であるママエフの丘にいた。
丘の頂で朝露したたる下生えにあぐらを組み、立てた銃に身体を半ば預ける姿勢で双眼鏡を覗いている。
ワイルドギースは東門の新政府軍を蹴ちらして盗人街をぬけ、そのまま東に向かってアクセル全開で走りつづけた。
そしてやっとマジョリカとの合流地点ママエフの丘に到着したのが午前4時のこと。日の出を刻限と決めて待ちつづけたが、太陽が地平をはなれた今に至るも彼女は現れない。
アレン大佐も頭では諦めているのだが、立ちあがろうとすると彼女がこの場所を指したときの声が耳の奥から広がってきて、その度にもしかしたらという思いに駆られ、どうしても次の行動に移ることができない。
丘をくだった平地では隊員や一緒に避難してきた人々が朝食をつくったり怪我の手当てをしたり、あるいはぐっすり眠ったりと、つかの間の休息を最大限に利用していた。
元々この丘はワイルドギースが有事の際の避難所として使っており、隊員が常駐しているほか長期戦に耐えうる兵站を備蓄している。
それらはすでに車両に詰めこまれ、今のワイルドギースは大陸のどこへでも補給なしで行けるほど潤沢な物資を抱えている。
しかし肝心の司令官が動こうとしない。
盗人街から離れたとはいえ、新政府軍が追ってこないとも限らない。みんな不安を募らせ、時おり丘にいるアレン大佐を見上げるのである。
イソルダ曹長も丘の中腹に停めた車の運転席から大佐を見ていた。
はやく移動しましょう。ただそれだけの台詞を彼女は言えないでいた。まるで大佐とマジョリカとのつながりを自分がたち切ってしまうような気がしたのだ。
「なあ、もう行こうって大佐に言ってこいよ」
荷台に横たわるオウ曹長がぼやいた。
彼は全身を包帯につつまれ、さながらミイラ男の風貌である。イソルダ曹長は苛立った顔で背後の荷台に横目をなげた。
「こういうとき、いつもあなたが大佐に進言してると思うんだけど」
「ほら、俺、こんなんだから。ね?こんなんだから」
「こんなんって、なにそのグルグル巻きは?」
「しょうがないだろ、骨折に打撲に打ち身にねん挫、あれやこれやで指一本動かせやしない。俺ひとりでブリキ3人もやっつけちゃったからな。さすがに無理したわあ」
自慢げに笑いかけたオウ曹長だったが、身体がゆれると耐えがたい激痛がはしってすぐ真顔で黙った。
「それがそもそも怪しいの。武器も持たずにブリキを倒したなんて話は聞いたことないし、それが3人もだなんて信じる方がおかしい」
「だよな、おかしいよな」
オウ曹長でさえ同感であった。
彼がブリキと対峙したのは足止めが目的だった。
テコンドーの鍛錬は毎日欠かさないものの、いまだ神域に達しえない彼の技では擲弾すらはじくブリキを倒せるはずもなく、この身体を楯にいくらかなりとも時間を稼げればいいと思っていた。
ところが、いざ戦闘になると彼の技は瞬時に別次元へ昇華した。
敵の動きも銃弾の流れも手にとるようにわかり、くり出す攻撃はことごとく理想の上をいっていた。
どういう事かと自らに問い、そして気づいたのである。弾丸をかわす身体の動きから、バネのように腰をひねって発せられる足技の数々にいたるまで、寸分たがわず幼き日にその目に焼きつけた両親の戦い方そのものであった。
死闘の只中にあって、彼は涙を禁じ得なかった。
いま戦っているのは自分ではない。父と母が降りてきて自分に代わって戦ってくれているのだ。眠りに誘うような温もりを身の内に感じるのもそれが理由だろう。
だが不満もあった。両親の誇りたかい死に憧れ、自分もまた愛する者たちのために殉じようとしたのに好機を奪われたように思ったのだ。そしてまた、ふたりの元へ行こうとしてつき放された感もあった。
1分と経たずブリキたちをガラクタに変え、周囲に敵の気配がないことを確認してから、彼はワイルドギースのもとへ向かった。
だんだん身体が重くなり霊的な力がぬけてゆく。節々が痛んで動くこともままならなくなり、もはやこれまでと前のめりに倒れた。
が、その身体は床に落ちることなく、複数の手が彼を支えた。
無意識の淵から浮上した彼は自分をとり囲むワイルドギースの仲間たちを下から見上げていた。彼らはオウ曹長の巨体を掴んでえっちらおっちら運んでいるのだ。
「みんな、どうして?」
「オウがいなくなったらワイルドギースはどうすんだ。みんな俺じゃなくてお前を慕って集まってるんだぜ」
そんな隊の序列を乱すようなことを、司令官であるアレン大佐本人が言ってしまうのである。危なっかしいったらない。
やはりこれからも自分が副官として大佐を支えていかなくては。そう決意を新たにしたとき、やっと彼は両親の真意を汲んだ。
そうか、まだ生きろってことか。
とんだ愚息だなと厳つく笑って目を瞑った。
そして両親への感謝と冥福をしずかに祈ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
うなだれながら時おり大佐に視線を送るイソルダ曹長を見ていて、オウ曹長は彼女がいじらしく思えてきた。
大佐も大佐だが、こっちもこっちで見ちゃおれない。やはりここも俺がひと肌脱いでやるか。
軽く咳払いをしてからオウ曹長は口を開いた。
「悲しいことだけど、すべての物語がハッピーエンドとはかぎらない。なかには当事者の意に沿わないかたちで終わりを迎えるものもある」
「だがな、重要なのはそこじゃない。重要なのはすべての物語には終わりがあるってことだ。終わればまた始められるじゃないか」
「たぶん大佐と魔女の物語は終わっちまったのさ。大佐の気持ちはまだ終わった物語のなかにあるが、だったらおまえが大佐を巻きこんで新しい物語を始めればいい。大佐の心にできた虚ろな穴をおまえが埋めてやりゃあいい。
俺たちはまだ生きている。生きているってことは未来があるってことだ。そして未来には力がある。今を変えるっていうすごい力がな」
イソルダ曹長は鼻で笑って、
「なによ藪から棒に、格好いいこと言っちゃって」
「そうかあ? 俺はおまえが俺に言ってもらいたがっている事を言ったつもりだぜ」
イソルダ曹長の顔から笑みが消えた。
席にふかく座りなおして前を見すえ、そのまましばらく動かなかった。オウ曹長の言葉を頭のなかで反芻しているように思えた。
やがて彼女はドアを開けて車外におり立った。
「よし、行くよ」と小声で度胸を決めた。
イソルダ曹長はひしひしと胸にせまる大佐への思いに身を乗せて、おおきな歩幅で丘の頂へと歩きだした。
どうやら次の物語がはじまるようだ。
オウ曹長は彼女の背中をしばらく見守っていたが、じきにトロリとした疲労の底へ身体がしずんでゆき瞳を閉じた。
空はぬけるように青く、太陽は瞼をつらぬくほど輝いていて、呼吸をするたび朝の冷たい空気が肺を浄化してゆく。
そんな空気に混じって朝食の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
新しい朝が来たのだと感じた。
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