52 新しい家、新しい生活
ハネツグとキャロライン、ユートとユリアは用意された装甲車に乗った。
厚い甲板に囲まれたせまい空間に2組は向かい合って座った。
みんな疲れきっていた。ユートは早々に船を漕ぎだしユリアの肩に頭をあずけた。ハネツグも起きてはいるが目が半開きだ。
「あなたがエナジーコアを盗み出したとき、すべてが始まった」
そう語りだしたユリアをキャロラインは真剣な眼差しで見ていた。自分が真の意味でなにを為したのか知りたかった。
「新政府は大陸にある街を次々と支配下に置いているけれど、盗人街への侵攻は躊躇していた。あそこには覚醒者が複数いるし強固に訓練された傭兵団ワイルドギースもいる。くわえて人造人間まで素性を隠して地下に潜伏していることも分かっていた」
「そこで新政府が考えたのは、事前に策略を巡らせ盗人街の戦力を削っておいて、人造人間の討伐を契機に盗人街へ侵攻するというものだった。教会にエナジーコアがあることは諜報部の調べで判明していたから、あれを使って人造人間を地上におびき出せばミラニウム弾で破壊することができる」
「でも、なぜか軍部はこの作戦に消極的だった。侃々諤々の議論のすえ、作戦の第一段階であるエナジーコアの窃取を諜報部が担当することで軍部も作戦を了承した。それ以来、諜報部の手練れが何人も教会へ侵入したけれど、みんなエナジーコアを盗みだすことはできなかった」
ハネツグは心のなかでなるほどと納得した。
どうしてうちの教会には頻繁に空き巣が入るのか疑問に思っていた。しかも彼らはみな人間ばなれした技の持ち主で、ハネツグが生命の危機に見舞われたのも一度や二度ではない。
だが、そんな彼らでさえシスターにかかれば赤子の手をひねるがごとく返り討ちにされた。
「私があなたにエナジーコアの話をしたのは単なる思いつき。大泥棒になって裏社会で名を上げたいなんて言うものだから、世間の厳しさ知ってもらおうと思ったの。
そしたらびっくり、ほんとうに盗み出してしまうのだもの。遠くから様子を窺っていた私はすぐ諜報部に報告したわ。あとは大変。新政府のどの部署も事前の準備などしてないし、盗んだのは新政府とまったく無関係のあなただから段取りなんて望めない」
「じゃあ、どうして私から奪わなかったの?」
「話したときは世間知らずのお嬢さんと思ったけど、あなたは官設暗殺団といわれる諜報部でさえ出来なかった事をやってのけたんだよ。私でどうこうできる相手じゃないと思いなおした。でもまあ、いまとなっては事の真相がおぼろ気に分かる気もするけれど」
そう言ってユリアはハネツグをちらりと見た。おそらくハネツグの存在がキャロラインの盗難成功に深く関わっている。当のキャロラインにその自覚はないようだが。
「それに、あなたが魔女の店でエナジーコアを売却するのは確実だったから、計画に大幅な修正をくわえる必要はないと踏んだ」
「確実じゃない、わたしが別のところで売る可能性だってある」
「私が言ったとおり教会にはお宝があった。その時点で魔女が一番高くお宝を買ってくれるという私の言葉も疑うことなく信じたんじゃなくて?」
図星を指されてキャロラインは口をつぐんだ。
「軍部は急きょ近くで展開していた機甲歩兵旅団を盗人街へ向かわせ、地元で療養中だったユートはなにが何やら分からないまま街の破壊工作に駆りだされた。あとは出たとこ勝負の一直線よ」
そのあとしばらくの間、タイヤをとおして伝わる振動を身体に感じながら、キャロラインとユリアは寡黙な時間をすごした。
「あなた、これからどうするの?」
キャロラインが頭にぼんやり浮かんだ疑問を口にすると、ユリアはすこし視線を漂わせたあと「わからない」と答えた。
「首都にもどって報告はするけれど、そのあとはどうなるんだろう。つぎの仕事まで待機するのかな。キャロライン、あなたは?」
わたしは、とこちらも明後日のほうに視線を向けてから、
「今日から新しい生きかたを探さなきゃいけないと思ってる」
「泥棒から足を洗うの?」
「昨日までの能天気な泥棒は父さんが連れてっちゃった」
キャロラインは行く手の見えない未来に想いを馳せた。
装甲車が徐々に減速して最後にまえへぐっと傾いでとまった。半分寝ていたハネツグは腰を浮かし上部ハッチから外を見た。
「家の近くだ」
顔をひっ込めてキャロラインに手を差しのべた。
「キャロライン、僕の家に来てくれるかな?」
そうだ、前にハネツグとそんな話をしたんだった。
「渡りに船じゃない」
ユリアが秘密めかした笑みを見せた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
装甲車はハネツグとキャロラインを降ろしたあと、ふたたび太いエンジン音を立てて首都へと走りだした。
ユリアの肩に頭を預けていたユートはズルズルとしなだれかかって、さいごは彼女の膝に頭をのせた。メイドはそんな彼の前髪をかるく指で梳いた。
「ちょっと、重いんですけど」
まぶしそうに目をあけたユートは指を一本立ててユリアのきめ細かな頬に滑らせた。
「どっか飲み行かね?」
「いいよ」
「あと、住んでるとこ教えて」
口説きにかかっている。危機が去って平和な世界に立ち返ると、やはりいつものユートであった。
「住んでるとこはもうないよ。いままで盗人街にいたんだから」
「じゃあ俺ん家に住めば?」
これには言ったユート本人もすこし驚いた。
女性と事におよぶ際はいつも場末の宿と決めていたから、女性を自宅に招いたことがないのだ。ユリアが彼のなかで大きな存在となっていることに今さら気づかされた。
もし彼女から離れてしまうとユートの心には寂しさがこみ上げてくるだろう。もっと離れるともっと寂しくなるにちがいない。
「ユートの家どこなの?」
「ここから割と近いところ。平べったい田舎町だし部屋も狭いけどすぐ引っ越す。報償が出るらしいし」
「引っ越し先は私が決めるっていうのは駄目?」
「いいぜ」
「あと、一緒に住むなら私に言わなきゃいけない事があるんじゃないのかな?」
ユートはしばらく思案顔で宙を眺めたあと「あ、そうか」とつぶやいて彼女に視線をもどした。
「ユリア、俺とつき合ってよ」
ユリアは頬をほんのり上気させながら唇に微笑みを浮かべた。そして「うん」と答えた。
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