50 女傑シスター・キングコブラ
ふたりは陣地の奥に連行された。
通信機がならぶテントや負傷兵をのせた担架とすれ違い、たどり着いたのは照明でかこまれた側溝だった。
ちかづくと側溝の下には盗人街の無頼漢たちが遺体となってきれいに並べられていた。
生前は勝手放題に暴れまわったごろつきどもが穏やかに顔で目をとじている。みんな頭からひどく出血していた。ここは処刑場のようだ。
遅かれ早かれ殺すなら、ハネツグたちを生かしてここまで運ばず、さっさと殺して遺体を側溝に捨てれば楽だと思うのだが、そこは任務に忠実な新政府軍である。側溝まで引っ立てて殺せとの命令を愚直に実行したのだろう。
ふたりは側溝の前に立たされた。
「ブリキに手をだしたのは僕だ!彼女は関係ない!」
「もういい。これ以上は無理」
「なにがいいもんか!新政府は無実の人を殺すのか!」
ふたりの背後に兵が立って銃のスライドをカチャリと引いた。
「キャロラインもなにか言ってやれ!こんなの間違ってるって!」
キャロラインは諦念に彩られたまなざしを虚空に漂わせていた。
天涯孤独となった彼女の心はすでにこの世界とわかれを告げ、両親のいる彼岸にむいていた。
「父さんに、母さんが死んだこと言い忘れた。あっちで会えてるかな。私も会いたいな」
そんなことを涙声で言うのである。
「諦めちゃだめだ!最期まで抵抗しなきゃ!」
彼女は答えない。
そしてハネツグもまた、ふたりとも処刑されるという最悪の結末を回避することは奇跡でも起きないかぎり不可能であると感じはじめていた。
だから残された時間をつかって彼が執った行動は、教会育ちにふさわしく神への祈りだった。
「女神アルテミスよ! 僕らを助けてください!」
必死の祈りも虚しく、ハネツグのすぐ背後で乾いた銃声が響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ガンシップとマジョリカの空中衝突は大きな爆発となって周囲にとどろいた。
その衝撃を誰よりも早く地上で察知した者がいる。
辺境の教会をとり仕切る女傑シスター・キングコブラである。
「2日連続かーいっ!!」
毒づきながらシスターはベッドからおき上がり愛蔵の品々が陳列された壁に歩みよる。
タンポポ柄のネグリジェの上からガンベルトを交差してかけ、重機関銃を2丁両腕にかかえて廊下に抜けた。
途中、子供たちの眠る部屋に立ちより「地下室へお行き!」と怒鳴りつけてから教会の外におどり出た。
空の高みで生じた爆発はいまだオレンジ色の輝きをたたえている。
シスターは教会の上空で発生している謎の爆発を見上げながら、疑わし気に眉をよせた。
おかしい。この爆発がどういった類の攻撃なのか不明なのもさることながら、少なくとも爆発を実行したのは新政府軍の諜報部のはず。
なぜなら教会に女神像、正確に表現するならエナジーコアがあることを知るのは新政府内でも軍部と諜報部くらいのものだ。
しかし軍部は制服組のほとんどが彼女の弟子や孫弟子であるからして、ここを直に攻撃することはあり得ない。
ゆえに実行したのは諜報部ということになるが、女神像をつかって盗人街で何かやらかそうとしている彼らは昨日教会から当の女神像を盗みだすことに成功しているから再びここを襲撃する理由はない。
もしかして、昨日女神像を盗んだ娘は諜報部の間者ではなく、単なる空き巣だったのだろうか。そう思うと納得できるほど娘の盗みは下手っぴだった。
空から抜き打ちの殺気を感じて、シスターはすぐさま後方に跳躍した。
直後、ズンッという衝撃音がひびき、すこし前まで彼女がいた場所に土煙が上がった。用心しながら落下物を確認したシスターはおどろきの声を漏らした。
「これは……女神像じゃないか!」
アルテミス像が教会に帰ってきた。
それだけでも充分驚きだが、まだつづきがあった。
周囲にふり注ぐ小さな煌めきに気づいてシスターが再び空を見上げたとき、そこには女神アルテミスが信者に進ぜる奇跡のひとつ、金貨の雨が降っていた。
金貨は豪雨にも似た凄まじさでシスターの周囲にふり注いだ。
信心深いシスターですら目のまえの景色にしばし呆然としてから、教会の庭を埋めつくしてゆく金貨を手に取ってまじまじと見つめたり、ちょっと噛んだりしてみた。
段々これが紛れもない現実であると認識するうち、シスターの胸は感動ではち切れんばかりに膨れ上がった。
「なんという慈悲!なんという恵み!」
だがしかし、手にした金貨の一枚に黒い染みを見つけ、それを摘まんで鼻にちかづけたとき、シスターの心に不安が生じた。
もしかして、この染みは血痕ではなかろうか。だとすれば誰の血なのだろう。
そして浮かんだのはシスターが最初に教会にむかえた孤児にして愛弟子、ハネツグの顔だった。
「そんなバカな事あるものか。あの子には私が持っている技のすべてを教えたんだ。簡単につぶれやしない」
頭をふってそう呟いてみたものの、ふり払えない疑問がシスターの頭に居座っているのである。
では、手ににぎっている女神像や、いまなお降りつづく金貨の雨は如何なる奉仕の賜として女神が与えたものなのかと。
もしかしてこれらの奇跡はハネツグが女神像の奪還という、いわば信仰の実践によって憐れ生命を落としてしまったことに対する女神からの恩寵なのではないか。
ひとたびそんな思いに囚われてしまうと、もう駄目だった。
目から涙がとめどなく流れて止めようがなかった。
「神よ!ハネツグを返してください!連れてゆくなら私にしてください!」
シスターは金貨あふれる地面にくたくたと折りくずれ頭を垂れた。
心がバラバラに砕けてしまいそうだった。こんな悲しみに襲われたのはいつ以来だろう。
救世軍として人造人間と戦っていたとき、彼女の恋人にしてアニマル部隊の隊長、キャプテン・コヨーテが彼女の胸に抱かれながら静かに息をひきとったとき以来ではなかろうか。
永く生きると多くの人が自分の前に現れては消えてゆく。
だが、それにしたって……。
「あの子はまだ17なんだ!死ぬには早すぎる!」
異変に気づいた子供たちがシスターに駆けよってきた。
彼らはシスターに寄り添い「どうしたの、シスター?」と頻りに尋ねるが、シスターの耳にはとどかない。
悲しみに姿勢をささえることができなくなった彼女は、ついには金貨の上に身体を横倒しにして、ただただ泣きつづけていた。
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