05 ハネツグ、窮地を救う
圧巻だった。
物心ついたときから辺境の教会で育ったハネツグにとって、盗人街はもはや異次元の世界だった。
さまざまな民族、宗教、言語が広大な空間に集められた独自の混沌がそこにあった。
もう空気からして混沌である。
薬品の臭いと食べ物の香りが混ざり合って、おいしそうだけど食べてはいけない香りがする。
とりわけ大通りの混雑ぶりは壮大で、まるで蛇のようにのたくる巨大な人間の集合体だ。
人々の衣装もひとりとして同じものはない。
太陽光から身を守るため衣服を何枚も重ねたスカベンジャー風の男性がいると思えば、全裸に近い格好で原色看板の店前に立つ蓮っ葉な女性もいる。
建物も統一感がまるでなく大小かたちも様々で互いが押し合うようにひしめいている。
弁士のごとき売り子の口上や酒気を帯びた男たちがジョッキをぶつけ合う音。ひときわ声の大きな場所を見ると、即席のステージで筋骨隆々の男たちが派手に殴り合っている。
歓声をあげる人だかりの背後には賭けの倍率が書かれた看板があった。
しかしどういうわけか、この欲望と退廃の渦まく空間に囲まれて、ハネツグは胸のうちから歓喜がはい上がってくるのを感じた。
見るもの聞くものすべてが新鮮だった。
あからさまでまやかすことなく、あるがままの人間であろうとする人々の姿がそこにあった。
女神アルテミスの彫像をとり返す、そのうえで窃盗をはたらいた少女を教会に連行する。
そんな基本的な使命をしばし忘れて、ハネツグは欲望の街を見物して回った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
1時間くらい好きに歩きつづけ、屋台でいくつかの料理を食べ、キャラバンの人形劇を鑑賞し、手回しオルガンの曲に耳をかたむけた。
気のむくまま角を曲がりつづけていたら、いつしか人気のない横丁に迷いこんでいた。
ふいに敷石を踏みならす幾つもの靴音が聞こえて、隙間とよんで差し支えないせまい通路から男たちが現れた。
彼らは大きなズタ袋を囲むように移動しており、先頭の男がうしろ手に袋の端をつかみ、最後尾の男が他方の端をつかんでいる。のこりふたりは袋の両脇にいる。
なにかを恐れているのか、しきりに周囲を気にしながら足早に移動していた。ハネツグは不穏な空気を感じて、道をゆずるため一歩しりぞいた。
彼らがハネツグの横を通りすぎようとしたとき、袋の中から声が聞こえた。
「だれが、助けてくれ!」
……人さらいか?
ハネツグは男たちの前に立ちはだかった。
さけられる面倒事は避けるタイプの彼だったが、目のまえに助けを求める人がいるのでは見過ごせない。
急に道をふさがれてなんとか立ちどまった先頭の男がハネツグを睨みつける。
「小僧!そこどけっ!」
覇気をこめて凄んでいるが、どこか腰が入っていない。
「あのう、袋の中身はなんですか?」
「はやくどけって言ってんだよ!」
「いま、袋の中から助けをもとめる声が聞こえたんですけど。もしかして人が入ってるんですか?」
「人なんか入ってねえよ!いいから通してくれ!」
大量の唾を飛ばしながら大声で喚きたてるが、その声はもはや恫喝ではなく懇願に近かった。
「おお、どなたか知らないが、助けてくれ!」
ふたたび声が聞こえた。男性のようだ。
「もうだめだ時間がない!」
一番うしろで袋をにぎる男が震える声でさけんだ。
直後、袋の両脇にいたふたりが腰に差した鎌をにぎってハネツグに襲いかかった。
勢いだけの単調な攻撃を、ハネツグは最小限の動作で回避してから冷静に忠告した。
「やめてください。そんなものが当たったら怪我してしまう」
先頭の男は完全に動転し、懐からナイフをぬくとハネツグに突進した。ハネツグは素早く男の懐に入りこみ、ナイフをにぎった腕をつかむと同時に身体を反転させ思いっきり前に折った。
男の身体がハネツグの背に乗った次の瞬間、上下逆さで宙をとんで地面におちた。これでしばらく動けないだろう。
のこった3人はハネツグを倒さねばどうにもならないと悟ったらしく、各々が武器を手にして彼ににじりよった。
ハネツグは少しばかり悩んでいた。
鎌のふたりは難なく回避できるとして、遠くにいる、さっきまで袋のうしろをつかんでいた男の拳銃をどうしたものか。鎌のひとりを楯にすれば簡単だが、怪我人をふやすのは避けたいなあ。
遮蔽物がないかと周囲に視線を走らせていたとき、どこからともなく金属が擦れるような音が聞こえた。
建物に挟み込まれた細い辻々から姿を現したのは、人の形をした機械だった。
ドラム缶に似た身体から細い鉄の手足がのびており、バケツをひっくり返したような頭部には手のひら大の円盤がカチャカチャ回転して視覚センサーのレンズを代えている。見たところ外部電源用のプラグはなく自立稼働しているようだ。
機械人形は通りから次々と現れた。
そのうちの一体がハネツグのまえに立ち「きみか!助けてくれたのは!」と、あきらかに人間の声で言った。
しかも袋の中から聞こえてきたものと同じだった。ハネツグは袋に目をおとすが袋の口は閉まったままだ。
どういうことだろう?
ほかの機械人形たちは男3人を素早く捕まえると両腕を拘束して、気を失った男も身体を引っぱり上げられている。
ハネツグに話かけた人形が袋をあけた。
中から現れたのは、やはりというか機械人形だった。人形は立ちあがりストレッチのように身体のあちこちを伸ばした。
捕まった男たちは悪態や呪詛の言葉をならべ立てるが、機械人形たちは気にする風もなく機械特有のメリハリある動作で移動をはじめた。
ひととおり身体を伸ばした機械人形はハネツグに近づいた。
「君もついてきてほしい。お礼がしたい」
「いや、お礼なんて」
謙遜しつつ、2体の機械人形からおそらく同一人の声がでているという得体の知れない状況をどう理解していいか分からないでいると、機械人形は頭部の円盤を回してより感度のいいレンズで彼を見た。
「きみ、謎がいっぱいって顔しているね」
ハネツグの思考を読みとるような台詞を言った。
「わたしは外部からクラボットたちの知覚シーケンスにアクセスしているんだ。本当の私はここから少し離れた場所にいる」
「クラボット?」
「いま、君のまえにいるテレコムだよ。クラボットたちは本来インフラ整備用の労働力なんだけれど、たまにこうやって外部の人と交渉するときに使ったりする」
くわしい話は道々教えるからと、クラボットはハネツグの腕をつかんで先に行った集団を追うように移動した。
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