49 盗人街脱出
第10重装機甲歩兵旅団は大通りを北上し、盗人街の中央に位置する旧司令塔を占拠。そこを起点に各部隊を散開させ、徐々に盗人街全体を席巻していった。
ハネツグはキャロラインを抱いたまま夜明けまえの最も濃い闇にまぎれ、あるいは通りを風のように横切って脇目もふらずに街の出口を目ざした。
通りは砲撃であちこちに窪みができ、いたるところに遺体が放置され、建物はどれも半壊か全壊して余燼につつまれている。
新政府軍が掃討したあとだから、どこも人の気配がない。銃声ははるか遠くで散発的に聞こえる程度で、すこし前までの苛烈な銃撃戦はなくなった。
しかし安心はできない。エレファントが執拗にふたりを追跡してきているのが振動でわかる。
西門のある通りにさしかかると、車のエンジン音が聞こえてハネツグはとっさに物陰に身を隠した。大通りから折れてきた兵員輸送車が西門の方へ走りさってゆく。
胸元のキャロラインがもぞもぞと身体をひねった。
「大丈夫、もう平気」
ハネツグが腕を解くとキャロラインは両足をそろえてその場に立ち、涙でぬれた頬を手の甲でぬぐった。
「メソメソしてる場合じゃないもん。ここから逃げなくちゃ」
彼女のなかで何かが決着したようだった。
ふたりは通りの角に立って西門を観察した。立派なバリケードをこさえてはいるが、3人の歩兵が警衛しているだけだ。
そのうちのひとりが盗人街の外へでた兵員輸送車を見送って、ちょうどシャッター式の門を閉めたところだ。思うに西門を守っていた部隊はすでに前線への移動を済ませており、さっき見た輸送車は戦地に兵を送りとどけた帰りなのだろう。
そして代わりに負傷兵を乗せ、西門をくぐり街から離れたところに設営した救護施設にむかったに違いない。
ハネツグはしばらくキャロラインを横目で見ていたが、悲しみをおし留めて現実の問題に対処しようとする意志を見てとり、彼もまた同じ問題にとり組んだ。
「門に歩兵が3人しかいない。これってチャンスだよね」キャロラインが言った。
「僕もそう思うけれど、もうすこし様子を見たほうがいい」
地面から足につたわる振動が大きくなってきた。キャロラインがもと来た通りをふり返ると、エレファントの照明が通りの闇に光りの線をひいていた。
「もう行くしかない」
キャロラインは即座に決断して西門にいたる道へ踏みだそうとしたが、ハネツグが彼女の横を素早く通りすぎたので思わず立ちどまった。
「な、なに!?」
「僕がまえに出る」
そんな彼の背中を見ながらキャロラインは思い出していた。
そうだ彼はこういう人だった。
初めて会った時にはもう、私を守ってくれていた。
ふたりが門に近づくと兵たちは銃を構えた。
「そこで止まれ!」
殺気は感じない。
ハネツグはゆっくり減速して、門まであと少しというところで足を止めた。キャロラインも彼のすぐ後ろにいる。
「投降者だな」
ハネツグは彼らの先入観を利用して、両手をあげ無抵抗を装った。というか本当に投降してしまうのも手かもしれないと思った。
しかし背後から強烈な光りが射し、西門に彼の影を鮮明に投げかけたとき、それは不可能だと直感した。
『そいつら殺せ!』
エレファントのメガホンが叫んだ。
兵たちがその言葉を理解するまえにハネツグはひとり目の腹にひじ打ちを喰らわせた。その流れでまたたく間に3人を倒した彼は門の操作盤にむかうが、そこにはすでにキャロラインがいた。
きしむような機械音とともに門がせり上がってゆく。
エレファントはふたりを逃がすまいと発砲するがわずかに外れ、門のわきにあったバリケードが炎を纏って空たかく飛んだ。
鉄片や土くれが滝のようにふりしきるなか、ふたりは這いつくばって門と地面のすき間に身体をすべり込ませた。
ハネツグは素早く立ちあがりキャロラインの手をとってふたり一緒に走りだす。だが、ふたりとも数歩でつんのめるように踏みとどまった。
「なに……これ?」
キャロラインがつぶやく。
おなじ言葉がハネツグの頭にも浮かんでいた。
盗人街の四方は歪んだ低木と岩石からなる荒涼とした土地が広がっている。
照明弾の明かりは既になく、燃えさかる家々を擁した街は高い壁のむこうにある。ゆえに夜明け前の盗人街周辺はふかい闇に覆われているはず。
しかし現実はちがった。
いくつもの眩いライトがあたりを照らしており、ハネツグとキャロラインのまえには多数のブリキや軽装歩兵、それと彼らの後ろにはエレファントが横ならびに配置されている。
テントや土嚢に囲まれた大砲、きれいに整列した輸送車両も見える。
ふたりは第10重装機甲歩兵旅団の西門方面軍本隊が、いままさに盗人街に侵攻しようとする瞬間に遭遇したのだ。
やがて門が完全にせり上がり、背後にエレファントが陣取った。
無駄な抵抗は承知の上だが、せめてキャロラインだけでも助けようと身構えたとき、ハネツグの背中にキャロラインの手が触れた。ふり返ると彼女はハネツグの胸に顔を埋めた。
そして大きく深呼吸してから顔をあげた。
「ありがとう、でももういい」
「いいわけない!ここままじゃ殺されちゃう!」
「いいんだよ、これで」
「いやだ!僕は君が好きなんだ!」
突然の告白にキャロラインの胸がどきんと大きく脈動した。うるんだ瞳でハネツグを見て「うれしい、私もすき」と答えた。
だったらとハネツグが応じるより早くふたりは引き離された。
ハネツグはとり押さえようとする兵たちを突いたり投げたりと抵抗していたが、ブリキまで加勢したため、とうとう身体のあちこちを掴まれて身動きがとれなくなってしまった。
アルテミスを信奉する者は良き恋人に出会えるという。確かに間違ってはいないとハネツグは思った。事実、彼はキャロラインと出会えたのだから。
けれど、お互いの好意を確認して恋人と認識した途端に死が訪れるというのはあんまりな話だ。
ハネツグは生まれて初めて烈火のごとき怒りをかんじた。
腹がふつふつと煮えたぎり、その熱が血肉を伝わって身体中にひろがってゆく。
「こんな終わり方、僕は認めない!」
絶対ふたりで逃げ切ってやる。
10人以上の兵士が寄ってたかって抑えつけるにも拘らず、ハネツグは暴れ回って彼らの手をほどきキャロラインを目指した。
目のまえにブリキが現れたが強化外骨格がへこむほどの掌底でつき飛ばし、死にもの狂いに走りながら夢中で手をのばす。
ハネツグの指先がキャロラインにふれるわずか手前で足をつかまれて、地面に顔を打ちつけた。
すぐ立とうとしたが兵士たちが次々と覆いかぶさってきて動きを封じにかかる。
最初は彼らを跳ね返していたが、応援の兵士が数を増すにつれ対処しきれなくなり、とうとう兵士の小山に埋もれてしまうと、さしものハネツグも身動きがとれなくなった。
「はなせっ!」と喚きたてるハネツグを兵士たちが慎重に鎖でしばってから肩にかつぎ上げた。そして移動を再開した。
途中、怪力で鎖が伸びはじめたので新たな鎖をかさねて縛り、それでも千切れそうになると鎖を親の仇のようにぐるぐる巻きはじめた。
ハネツグは何重にも巻かれた鎖の繭から頭と足がひょっこり出ている状態になり、そのころには彼を担いでいる兵士の数も50人を越えていた。
まるで祭りの神輿であった。
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