48 マジョリカすべてを手に入れる
対物ライフルの速度を極限まであげて後退しながら、マジョリカは鶏の大群に発砲しつづけていた。
体力が底をつきはじめ、油断すると意識がとんでしまう。
殺し屋ふたりや人造人間と連戦したうえ、ほとんど丸一日寝ていない。盗人街を脱してしばらくたつが、鶏たちはなおも追ってくる。
でもこの難局を乗りきれば、ママエフの丘にたどり着ければワイルドギースが加勢してくれる。アレン大佐が助けてくれる。
その思いに支えられマジョリカは力を奮いおこした。
すると突然、なにかがふっと緩むような感覚に襲われた。
まただ、と思った。殺し屋たちが死んだときに生じた感覚に瓜ふたつだ。そう思った次の瞬間、黒雲のごとき鶏の大群が一斉に動きをとめ、失速した凧のようにひらひら舞いおちていった。
マジョリカの身体に認めた感覚と落下する無数の鶏たち。そのいずれもが人造人間の死を示していた。
誰かが人造人間からエナジーコアを奪ったのだ。そしてやつは死んだ。
もう彼女を追ってくる敵はいない。
マジョリカの身体を歓喜が駆けめぐった。
「ハハッ!なにが呪いですかっ!なにが金貨に殺されるですか!わたくしはピンピンしておりましてよっ!」
エナジーコアを持つ手を勝ち誇るように前につきだした。
「商人マジョリカはもういません!わたくしはエナジーコアを使って国を興し、王妃マジョリカとなるのです!」
胸のたか鳴りがとまらない。
大佐は国王に就任して彼の傭兵はそのまま国軍になる。すべての想像がまるで写真のように鮮明に頭のなかに描写される。
熱狂に支配された彼女は一気に高度を上げ、対物ライフルを180度回転させて進行方向に向きなおった。
そのときだった。
最初、マジョリカは目の前にあるものが何か分からなかった。
少なくとも空を飛んでいるときは目にしないものに思えた。そして理解したときはすべてが手遅れだった。
もはや回避不可能なほど彼女に接近しているそれはガンシップの底部であった。
そういえばエナジーコアの代金を取りよせるためガンシップを使いに出したのだ。それが用事をすませて盗人街へもどる途中で彼女と鉢合わせした。
どうすべきか考える間もなく対物ライフルの銃口がガンシップのアルミニウム躯体に容易く穴をあけ、キャビンに山と積まれたジュラルミンケースを内側からつき崩した。
マジョリカはそのままガンシップをつき抜けるかに思われたが、ライフルとローターが衝突してプロペラが大きくかたむき燃料タンクをきり裂くと同時に発火した。
ガンシップは激しい爆発とともに砕けちった。炎に身を焼かれながら、それでも手に女神像を強く握りしめ、まだいける、もう少しなら大丈夫とマジョリカは思った。
あとほんの少し我慢すれば爆風から抜けだせる。
そうすれば自分を邪魔するものは、今度こそ何もない。
しかしそこまでだった。ケースからとび出した100万枚もの金貨が爆発によって黄金の波のごとくマジョリカに押しよせた。それらは彼女の頭のてっぺんから足先までの全てを猛烈な速度でつらぬいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気づくとマジョリカは見知らぬ空間に立っていた。
そこは広いホールで、金箔に覆われた四方の壁には様々な花を模したレリーフが彫られ、まわりに大小多様な宝石が夜空に光る星々のごとく象嵌されている。
天井には目を洗われるほどに煌びやかなシャンデリアがさがり、床は毛の長い真っ赤な羅紗で微妙な濃淡がモザイク柄を形成している。
絢爛にして格式高い空気に打たれて彼女は思わずため息をもらした。
名前を呼ばれてふり返るとアレン大佐がいた。
彼はいつもの軍服ではなく、肩章やモールのついた見るからに上等な仕立ての正装を着こなしていた。
「どうしたんだい、目を白黒させて」
わからないこと尽くしの状況のなか、マジョリカはどう言ったものか迷っていると。大佐が彼女の手をひいて歩きだした。
「きみはエナジーコアを手に入れて未開の地で国を興した。俺はその国の王になった」
「わたくしが国を創って、あなたがその国の王さまに?」
「そう、そして君は王妃、俺たちは結婚したんだ」
たち止まった先には大きな姿見があった。
そこに映る自分を目にした途端、マジョリカは思わず両手を口にあて嗚咽をおさえた。しかし溢れでる涙まで止める余裕はなかった。
そこには王妃はかくありなんと理想するそのままの女性がいた。
身につけている絹衣には至るところに真珠がうめ込まれ、胸元はバラやユリの花で縁取られており、頭には王妃を象徴する銀のティアラが乗っていた。
アレン大佐はマジョリカを心配そうに眺めながらハンカチをさし出した。
「ごめんなさい、わたくし白昼夢でも見ていたようです。盗人街にいた頃のことが、あたかも現実のように思い出されて」
ハンカチで目を拭い、息をととのえながら説明した。
「盗人街か……、なんだか遠い昔のような気がする」
大佐は懐かしむように遠い目をした。
「でも、もう大丈夫です。それより、わたくしに何か用があるのではないですか?」
「ああ、そうだった。王宮の外にある糸杉が花をつけたから一緒に見に行こうと思ってね。どうだい?」
「もちろん、ご一緒します」
ふたりは扉にむかい歩きはじめた。
彼のかたわらを歩きながら、マジョリカの理解は徐々に真実へ到達した。
彼女をかこむ豪華な空間も、扉へむかうアレン大佐の姿も、となりを歩く彼女自身も、死にゆく魂が見ている幻影なのだ。
自分は選ばれた存在であり、どんな苦境に立たされようと生きぬく自信があったのだけど、どこで道をふみ違えたのだろう。
マジョリカはとなりのアレン大佐を見て、やはり彼が原因だろうと思った。
自分をしてそうなのだ。好きというのは恐ろしい。
だがしかし、とおく思えば若いころから金貨に誓いをたててまで利益をむさぼるだけの人生はあまりに空虚で、むしろ大佐と出会って彼に好意をよせてから、人生がやっと生命の輝きを帯びたと言っていい。
アレン大佐との日々だけがマジョリカにとって真の意味で生きた時間であり、彼と一緒にいることで望んだ自分に近づける気がした。
そしてこの情景である。
アレン大佐は夢を実現し、マジョリカは目的を達した。
彼女は人生最期であるこの瞬間に人生最高の幸福を味わっていた。
大佐の夢を纏った自分の姿はたとえようもなく美しい。
もちろん、いま目にしている情景が現実ではないことは心の底で理解している。しかし、避けられない死にのぞむ彼女にとって、もはや現実とそれ以外を区別する理由などなかった。
幻影であろうと大佐の王国で王妃になれた。
大佐の夢とひとつになれた。
自分はもう、それでいいのだ…。
大佐がおし開いた扉のむこうには眩い光りを発する世界が広がっていた。
「わたくし、あなたと出会えて幸せでした」
顔をほころばせて見つめた先に大佐の姿はすでにない。
悲しみがどっとこみ上げつい目をふせてしまったが、すぐ毅然と前を見すえた。そして弓のように背筋をのばす。
王妃になったのだから、最期も王妃らしくしめ括りたかった。
マジョリカは凛然たる足どりで扉のそとへ一歩ふみ出した。それから次の一歩をあゆみ、そのようにして光りの中へ歩きはじめた。
ほどなくして彼女の身体は色をなくして透けはじめ、光りの奔騰にとけ込むように消えていった。
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