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47 他に類を見ない異例の昇進

 ユートは人造人間に覆われた腕を水につけて、足で彼の顔を踏みつけながら腕を思いっきり引っ張った。徐々に人造人間が引き剥がされてゆく。


 やがてエナジーコアと人造人間との接点は蔦のようにからまる血管だけとなった。ユートはそれらを(たば)ねるように掴み、すべてを引きちぎった。


 人造人間は最後の足掻(あが)きとばかりに伸ばした血管をユートの首に巻きつけて一気に締め上げた。

 ユートはふっと意識が遠のいて、背中から水面に倒れた。


 メイドが慌てて駆けつけて、ユートを助けあげるまでのほんの数秒の間に、彼は奇妙な夢を見た。


……聞こえるかい? ……


 ぼやけた景色の向こうには椅子に腰かける白衣の男性がいて、彼はユートを覗き込むように身を乗り出している。

 やがてはっきりしてきた視界は眼鏡を掛けた優しげな男性を捉えた。


……聞こえるかい? 私はヴィクター・フランケンシュタイン。君の生みの親だ……


 ユートはそれが屠殺人(とさつにん)の本当の名前であり、目の前にいる聡明(そうめい)風貌(ふうぼう)の男性が彼の本来の姿であるなど知りようがない。

 ユートが知る屠殺人は容姿がまるで違っていたし、加えて全身黒焦げになっていた。


……私は人類を導いてもらうために君を造った。科学が進化をつづける現在に至ってもなお貧困や病気はなくならず、君の兄弟たちが生命を()して採取したエナジーコアさえ、終わりの見えない戦争で浪費されてゆく。


 人を統べるには人では駄目なのだ。君は人智(じんち)を越えた存在だ。人類に力の優位をみせつけ、そして従わせろ。多くの犠牲が出るだろうしこちらも無傷ではいられない。

 しかし人類の未来を切り開くには避けて通れない道なのだ……


 視界が徐々に暗転してゆき、ヴィクター博士の声も遠くなる。


……君の名はオズ、神をも超えた偉大なファラオ、オジマンディアスに因んでつけた名前だ。君こそ人類最期の希望だ……


 博士の声が彼方に消えて、代わりにメイドの悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「ユートッ!」

「はい」と眠りの中で返事をして目が覚めた。


 (ほほ)にぽたりぽたりと落ちる水滴は彼を胸に抱いて泣き崩れるメイドの涙であり、彼女を心配させまいと口を開いたが、なんて呼べばいいのか分からなかったユートは、まず「名前おしえて」と言った。

 ハッと息をのんだ彼女は、安堵と歓喜で胸がいっぱいになり、いよいよ本気で泣きはじめた。


「ディープとかメイドじゃなくて、本当の名前を知りたいんだ」

「……ユリア」


 涙にむせびながら言った。

 メイドにとってそれは永らく遠ざかっていた言葉だったから、久しぶりに思い出した親友の名前を口にしたような懐かしさがあった。


「さあユリア、地上に戻ろう」


 ユートは立ち上がってエナジーコアで周囲を照らした。


「人造人間は?」

「ユートがエナジーコアから分離させたら、真っ黒になって溶けちゃった」


 見ると水面の一部が黒く染まっている。


 ヴィクター博士は人類の未来のために人造人間を造った。


 それが人造人間の行動に直結しているなら、最終戦争が人造人間の勝利に終わっていたら、世界はこんなに荒廃してはいなかったのかもしれない。


 たとえ荒廃しても人造人間の手で速やかに回復していたのではないか。とはいえ、いまさらそんな想像をしても無意味だということをユートは知っている。


 人造人間は彼が破壊してしまったのだから。

 自分は取り返しのつかない事をしてしまったのではないか。そう自問せずにはいられなかった。


「ユート、あなたって本当にすごいね」

「なにが?」


「え……、だって人造人間を倒したから」


 ユリアはユートを見ながら不思議そうに「どしたの?」と首を(かし)げる。「いや、なんでもない」

 今はまだやらなければいけないことがある。ユートは頭を振って余計な疑問を追い払い天井を仰ぎ見た。


「どうしたら上に行けるかな?」

「私のリュックを使おうよ。まだ壊れてなければだけど」


 ユリアはリュックを脱ぎユートがそれを背負った。彼女は彼の正面に立って両の手足を身体に回すかたちで抱きついた。


 あられもない格好だがユートがリュックを操作する以上、ユリアとしては他に方法もなく、ユートはむしろ望むところである。


 リュックを起動させると不機嫌な音を立ててノズルが伸びた。

 そこで一度完全に沈黙してしまい、こりゃ駄目かなと思った直後、パンパンッと小さな爆発を伴ってジェット噴射がはじまり、ふたりの身体は少しずつ上昇していった。


 照明弾の明かりが陰りを見せていたが、ユリアがエナジーコアを掲げてくれたから視界は確保できた。


「ジェットが途中で止まったらふたりとも終わりだね」

 そう言いつつもユリアはどこか楽しげだった。


「それはない。今日の俺はツキに恵まれているから。たとえ落ちても死なない自信がある」

「この高さだよ。絶対死んじゃうって」


「実際に俺、一度落ちたんだ。でも無事だった」

「……ほんと?」


 果たしてふたりはスローターハウスを無事に抜け大地に降り立った。


 周囲は既に第10重装機甲歩兵旅団が掌握(しょうあく)しており、兵たちは散発的な抵抗を続けている街の北側へ移動している最中だった。


 盗人街占領作戦はすでに終局を迎えていた。


 ユートとユリアは身分を明かしてその場で衛生兵に怪我の処置をしてもらっていると、ふたりのもとに旅団長が駆け寄ってきた。


 ユートはすぐに直立して敬礼した。旅団長も観覧式(かんらんしき)のような完璧な敬礼を返した。


「我が旅団から貴殿のような英雄が生まれたことは無上(むじょう)の喜びであります」

「英雄でありますか」


 歯切れ悪く言ったあと、(ゆる)んだ自分に気づいて姿勢を正し、


「お褒めいただき、ありがたくあります」


「貴殿は本日付けで准将(じゅんしょう)へと昇進されましたが、さきほど大統領が貴殿の功績に賛辞(さんじ)を呈したこともあり、新政府軍幕僚本部は今作戦の成功確定を待って更なる昇進も検討しているとのことです」


 昨日まで(はく)も値打ちもない二等通信兵だったのに、日が変わったら将軍になっていた。

 どうやらユートの意思や実体を完全に置きざりにして、軍部では新政府軍の輝かしい模範「ユート将軍」という虚像(きょぞう)が出来上がっているらしい。


 ここでは満足な治療もできないからと、旅団長はふたりを兵員輸送車に乗せた。


 しばらく車に揺られて到着した場所は旅団が盗人街の外に設営した堡塁(ほうるい)だった。


 ふたりは案内された救護室で傷の手当を受け、首都に向かう車両の手配が済むまで簡易ベッドに並んで横になった。


「なんで首都なんだろう?俺の帰隊先はこの旅団なのに」

「ちがうよ、新政府軍があなたのために新しい軍団をつくるの、そしてあなたはそこの指揮官に就任する」


「なんだか大きな話になってきたな。ユリアはどうするんだ?」

「私も一度首都に戻る。人造人間は倒したし、エナジーコアも手に入れたし。小っちゃくなっちゃったけど」


 そんなふうに、ふたり並んで天井から下がる電球を見ながら話していたが、やがてユートはベッドに沈み込むような眠気に身体を委ねた。


「ねえ、何か聞こえない?」


 ユリアの声が(かす)かに聞こえた。


「……何が?」


「誰かの叫び声みたいなの」

「きこえない」と欠伸を噛み殺しながら答えた。


 ユートの意識は深い眠りの底へと沈んでいった。


 どれほどの時間が流れただろう。10分かもしれないし1時間かもしれない。まったく唐突にベッドから跳ね起きた。

 それは軍人ゆえに体得した動物的反応であった。近くで銃声がしたのだ。


 おそらく一発。


 耳を澄ますが続く発砲はなく救護室の外もざわついた様子がない。

 友軍の銃が暴発しただけだろうと判断し再び床につこうとしたとき、となりのベッドで寝ていたはずのユリアがいないことに気づいた。


 言いようのない不安がユートの脳裏に垂れこめた。


 食事やトイレ、諜報部への報告や戦況把握。平和的な理由などいくらでも挙げることができるのに、ユートは救護室を飛び出していた。


 つい今しがたの銃声とユリアの不在に何らかの関係性があるような気が何故かしたのだ。


読んでいただいてありがとうございます。

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