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46 人類最後の希望

 すねの辺りまでの深さがある水面を、ユートは仰向(あおむ)けになったまましばらくプカプカ浮いていた。


 呆然自失(ぼうせんじしつ)の状態だった。


 顔には落下の恐怖が張りついていて、あんぐりと開いたままの口は時おり「こわかった~」と漏らしている。


 やがて状況が頭に染み込んでくるにつれ、身体の下で幾つもの何かが(うごめ)いていることに気づき這うようにその場をはなれた。

 ユートが振り返ると、そこには水中で(にじ)むような青い光りを発している奇妙な物体があった。


 辛うじて人間の腕と分かるものが数本生えているが、そのいずれもが未発達か()れ枝のようにほそく、水中でなにかを探すように動いている。


 足と思われる部分もあるが、これもまた関節が逆に曲がっていたり足首から先が手のひらになっていたりと、突拍子(とっぴょうし)もない形のものばかりだ。


 それら手足の苗床(なえどこ)たる肉塊も水中で不穏に(うごめ)きながら何かに形を変えようとしている。

 ユートにはそれが潰れた人造人間であると分かるはずもなく、それどころか生物かどうかの確信もないまま()かれたように見入っていた。


 不気味で不可解だから目を離せなかったのもあるが、目先の利かない暗闇で唯一見えるのが青く光る肉塊だけだったからというのもある。


 どこかで水を掻く音がして、ユートはやっと肉塊から目をはなした。ゆっくり辺りを(うかが)いながら身体を回転させる。

 やがて青い光りが照らす空間にメイドの姿がゆらりと浮き出てきた。


 拳銃をにぎる手を前にのばし、もう一方の手で血が染みた胸元をおさえている。ほの明かりでもそれと分かるほど血の気の引いた顔には口と鼻に血の筋をつくり、呼吸がはやく胸は頻りに上下している。


 彼女は苦しそうに前のめりになって、それでも歩いてくる。

 ユートはすぐに駆けよろうとしたが、彼女の身から放たれている気迫に気圧されて足が止まった。


 肉塊が背伸びして水面より高くなると、ナイフで切ったような横一本の裂け目が引かれてパックリ開き、なかから人の頭ほどの眼球が現れた。

 すると今度は眼球の黒目の部分に縦に裂け目が走ってかろうじて形を成す程度に生成された歯と舌が見えた。


「メイドよ、その男を撃て!」


 黒目にできた口が叫ぶ。


「はやくしろ!ああ身体がうまく制御できない!このままだと魔女を捕り逃がしてしまう!」


 命令する肉塊に銃口をむけてメイドは躊躇うことなく発砲した。肉塊の一部がふき飛び内側で再生中だった臓器がだらしなくとび出した。


 多重層の悲鳴をあげてから肉塊が焦ったように言う。


「わ、わたしを撃ってどうする!私はオズだ!撃つのはそっちの男だ!おそらくそいつは新政府軍だ!」

「奇遇ですね…、わたしも……です」


 人造人間は「なにを…」と言って後の言葉が尻つぼみになったあと、数秒後に「ああっ!」という理解と驚愕の声を発した。


 メイドはつづけざま二発三発と銃弾を撃ち込み、その度に人造人間は声帯のちがう悲鳴をあげて肉塊をちぢめる。


 メイドはそこで力尽き、糸が切れたように前へ崩れて、倒れる寸前にユートに支えられた。

 彼を見上げたメイドは健気な笑みをつくった。


「来てくれたんだ」


 ユートはたまらない気持ちになった。


「当然だろうが、こんなんなっちまって……」


 一度は諦めた彼女にふたたび会えたのだから、もっと気の利いた台詞が出てきてもいいのに、こういう時にかぎって軽妙が売りの口が思うように言葉を(つむ)がないのがもどかしい。


「お願い、人造人間にとどめを」


 メイドはユートに拳銃をわたした。


「あれが、そうなのか?」


 人造か否かはともかく、少なくとも人間の呈を為していない。


「青い光りを、エナジーコアをとり出せば、あいつは死ぬ」


 ユートはメイドをその場にゆっくり座らせて人造人間に接近した。

 エナジーコアは人造人間の身体を透かして周囲を照らすほど強烈に発光しているから、どのあたりにあるかは外からでも分かる。


 人造人間が被膜(ひまく)のなかで造っていた様々な器官は度重なる被弾で外にとび出したまま、もはや造るのを諦めたように静止している。


 無秩序に生えた奇妙な手足も水中で力なく漂い、大きな眼球は(まぶた)で隠れている。ユートは人造人間のまえまで歩みより、だらしなく開いた被弾部分をのぞき込んだ。


 あった、エナジーコアが見えた。


 臓器同士に挟まれて血管が巻きついている。メイドは女神像の形をしていると言っていたけれど形はきれいな円柱形、しかも親指程度の大きさしかない。


 しかし青く光っているのはこれだけだ。


 ユートは恐々とエナジーコアに手をのばした。震える指がエナジーコアにふれた瞬間、臓物をつき破って血まみれの手がとび出し、ユートの手首をつかんだ。


 骨と筋しかなく、指だって3本しかないのに凄い握力だった。(まぶた)が勢いよく開いて眼球が彼をとらえると黒目が口を開いた。


「それに触れるなあああーーーーーーーーーーーっ!!」


 ユートは「ぎゃあああ!」と悲鳴をあげながら、ほとんど条件反射で内蔵からエナジーコアをもぎ取り、黒目に向かって何度も発砲した。


 眼球は被弾した穴から滝のように血を吐き出して萎みはじめ、黒目部分にいたっては潰れて見る影もない。ユートにはすべてが理解不能だった。


 なんで内蔵から腕が出てくるのか。どうして目玉が喋るのか。黒目の口がつぶれてもなお人造人間のしゃべりは止まらない。ユートにしがみつく人造人間の手の甲に、いつの間にか人面そうのようなものが浮かんで、それが喋っているのだ。


「私を殺してはいけない! きさまは人類最後の希望を破壊しようとしているのだ!」


 ユートはとにかく人造人間から逃げようと、綱引きの要領で小刻みにリズムをつけ身体を後ろに引きてゆく。


 その度に人造人間の内部から腕がずるずると引っぱり出されるが、その長さはすでに10mを優に越え、尚も伸びそうな気配だ。


 人造人間の指先から血管が触手のように生えてきて、その先端をユートが握るエナジーコアに接続している。


 ユートは掴まれた方の手を高く上げて、人造人間の伸び切った腕に銃口を当て引き金をひいた。長い腕が弾けるように切断され水面を叩いて沈んだ。


 エナジーコアを断たれた人造人間は急速に干からび色も黒ずんでゆき、ものの数秒で真っ黒な灰になって水に溶けていった。


 しかし人造人間は死なない。片手のみの存在になっても手の甲にできた人面そうが盛り上がって小さな頭部をつくりあげ、ユートに向かってたたみかけるように語りつづける。


「私は救済者としてこの世界に誕生した。私の知性は人類など遠く及ばない高みに達している。人類が再び文化的な生活を手に入れる方法も、その後の未来への展望も明確に指し示すことができる。どうだ、それだけでも私を生かす価値があるだろう」

「人類はお前なんかいなくてもやっていける!」


「私は失われたエナジーコアの生成方法を知っている。世界を覆う放射線を早期に排除する方法も知っている」

「黙れ!」


「世界中のあらゆる不足を改善する画期的な技術をたくさん所有しているのだ」

「さっさと死ねっ!」


「私は円周率の最終桁が7であると知っている」

「たのむからもう死んでくれ!」


読んでいただいてありがとうございます。

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