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45 上昇と落下と激しい衝突

 スローターハウスの最下層を支配する圧縮された闇のなか。

 人造人間は湧き出る地下水に身体を浸しながら、(にわとり)の目をとおして深夜の空を見ていた。


 屠殺人(とさつにん)の知能が低下して操作が困難になって以降、永年(えいねん)コンクリートの兵舎に仕舞(しま)ったままだった鶏たちを、まさか自分で操ることになるとは思わなかった。


 脳内視野に複眼(ふくがん)のごとく広がる数百のモニタはすべて鶏の視界である。


 それらを眺め、マジョリカの(すき)を発見すると攻撃に最も適した位置を飛んでいる鶏に特攻を命じる。


 命令を受けた鶏は肛門からつき出たノズルに揮発剤(きはつざい)噴霧(ふんむ)して一気に加速する。その凄さたるや羽毛が空気抵抗に耐えきれずすべて抜けてしまうほどである。


 あとはオーブンで加熱すればおいしいローストチキンになりそうな鶏たちをマジョリカはすばやく回避し、またはスピアで斬り裂き、あるいは対物ライフルで破壊しながら逃走をつづける。


 つねに進行方向を意識していないと飛行が困難になる。

 とはいえ背後も見なければ鶏の突撃に対応できない。マジョリカにとっては一度のミスが命取りになる状況だった。


 人造人間は暗渠(あんきょ)のなかでようやく両足が自らを支えられるまでに回復し、危ういながらも立ちあがった。立坑(りっこう)の真下までよたよた歩き、(あご)をまえに突き出すように視線を上げると、円形にふち取られた景色の中に照明弾の明かりが見える。


 身体を支える骨は細胞が不足していて、そこに臓器やら筋肉やらを無理矢理巻きつけたから歩行もままならない。とはいえ、このままだとマジョリカとの距離がひらきすぎて遠隔操作に支障をきたす。


 不完全な身体だが彼女を追跡しながら回復すれば、飛行によるエネルギー消費を差し引いても、追いつく頃には完全体になってるはずだ。


 身体を浮遊させてその場にとどまり、飛翔に不具合はないか身体をゆすって確認したあと、目をとじて鶏の視界と接続した。

 数分のあいだにかなり距離を離されていた。意識を集中して鶏の速度を上げ、一羽をマジョリカと並走させてから声と聴覚も接続した。


「逃げ切れはしないよ。マジョリカ」


 マジョリカがスピアを一振りすると、途端に鶏は真っ二つに割れて落ちてゆく。が、すぐに別の鶏が彼女の耳もとに接近した。


「もうすぐ私もそちらへ向かう。そのときがきさまの最期だ」

「どうぞいらしてくださいな。かえり討ちにして差し上げます」


 軽口を叩いているものの、その顔に余裕は感じられない。


「まだわからないのか、私に追われていること自体、呪いが発動している何よりの証拠だ。今からでも間に合う、エナジーコアをわたしなさい。そうすればきさまは盗品を奪ったことにならず、私がきさまを殺す理由もなくなる。つまり呪いは解かれるのだ」

「ならば、あなたを殺して呪いを断ってみせます」


 人間はなぜにこうも理不尽(りふじん)な生き物なのか。

 確実な大地にとどまるより可能性の荒波へ()ぎだすことを好むのか。


 かつては偉大な科学者だったヴィクター博士でさえ、死という自然の摂理(せつり)(あらが)って最期は(おろ)かな屠殺人(とさつにん)になってしまった。


「ふたたび私はエナジーコアを手に入れる。一度は宇宙から降ってきた爆弾に殺されかけたが、もう衛星は存在しない。私がスローターハウスを出たその瞬間から、人造人間による人類の管理が始まる」

「なにが管理ですか。滅亡の間違いでしょう?」


 人造人間は鶏に移していた全ての感覚を自分の頭に戻した。そして身体を急上昇させながら頭上を見た。するとなぜか照明弾で光っていたはずの空が見えない。


 同時に頭に戻った聴覚は悲鳴らしき甲高(かんだか)い音を拾っていた。まさか再び爆弾が降ってきたのか。いや、そんなはずない。衛星は軌道を外れたのだから。


 たしかに爆弾は降ってこなかった。


 代わりにユートが降ってきた。


 立坑(りっこう)を落下するユートの身体が上昇する人造人間に激しくぶち当たり、まだ再生途中だった人造人間の身体を半分の背丈(せたけ)になるほど無残に押しつぶした。


 衝撃で体内にある身体再生ルーチンが50ある補助ルーチンも含めて一度に制御を失い、ほとんど肉塊のようになった身体のあちこちから突発的に奇怪な手足が何本も生えた。


 その間も人造人間は無意識に上昇を試みていたが推進力が不足し、結果として彼は落下するユートを身を(てい)して受けとめたうえ、緩やかに着地させた。


読んでいただいてありがとうございます。

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