44 メイド探し
スローターハウスを抜けだしたマジョリカは南へまっしぐらに飛んだ。
背後から雲霞のごとき鶏の大群がせまる。長い金髪を風になびかせてぐんぐん速度をあげてゆくと、不意に身体が軽くなる感覚を覚えた。
いままで当然と思っていた身体の重みが実は見えない荷物を背負っていて、それが突如として消えたような浮遊感にも似た感覚。
その原因を彼女は眼下に発見した。
大通りからひとつ入った枝道で殺し屋ふたりが死んでいたのだ。
死と闇に長けた覚醒者ふたりが死んでいる。
マジョリカには信じがたい光景だった。あのふたりを殺せるのはあのふたりだけだと思っていた。
しかし血肉をひとつにするほど昵懇のふたりが殺し合うなんてありえない。ゆえにふたりを殺すことはできない。
ところがどうだろう。上空から見たかぎり、ふたりはまるで一騎打ちでもしたような状況で倒れている。
覚醒者ふたりが死んだことで彼女が無意識に感じていたプレッシャーから解放された。身体が軽くなったのはそれが原因にちがいない。
目の上のたんこぶがなくなったのだから手放しで喜ぶ状況だが、今のマジョリカにそんな余裕はなかった。下手すると彼らの二の舞になりかねない。
鶏の鳴き声が真うしろで聞こえ、即座にライフルを反転させて猛スピードで後退しながら発砲をくり返す。弾幕を逸れた鶏は抜いたスピアでつらぬいてゆく。
その間に背後を何度もふり返って方向を確認する。
このままではいずれ鶏たちに呑みこまれてしまう。そうなったら防御領域を発生させるしかないが、あれとて長く使えるわけではない。
どうしたものかと思っていると、視界に自分の店が映った。屋上にアレン大佐の姿もある。
マジョリカは方向を変えて店に接近した。
「手伝ってください!」
アレン大佐もマジョリカの飛来に気づいて彼女にむかって手をのばす。大佐をライフルに乗せて前方を確認してもらい、その間、彼女は鶏の攻撃に専念すれば窮地を脱することができる。
もうすこしで手をつかめると思ったとき、空気を震わす爆音がして永年コンクリートが破裂した。
大佐はそばにいたイソルダ曹長が屋上から落下する様子にすぐ反応して彼女のもとへ飛び、マジョリカの手は浮遊する大佐の栗色の髪をほんの少し撫でて空をつかんだ。
マジョリカがつかみ損ねたのは大佐の手だった。
しかし、そのとき彼女はもっと大事な何かをつかみ損ねた気がした。
旋回する余裕はない。
こうなったらひとりで鶏に対処しようと決意したとき、眼前にエレファントが現れた。
この巨大な移動要塞は動きが緩慢ゆえ、突然飛来したマジョリカや鶏たちにまったく対応できていない。
マジョリカは鶏を使ってこいつを倒してしまおうと思い立った。
急速に高度を下げ、エレファントの脚の間をすり抜けてから腹に頭をぶつけそうな高さで直進して股を抜けてすぐ上昇した。
彼女を追う鶏たちは超硬合金の脚に次々と衝突し、次に彼女の動きに合わせて高度を上げエレファントの底面にも玉突き衝突のように連続でぶち当たってゆく。
元々装甲の薄い低面はあっという間に穴が空き、精密機器が並ぶエレファントの内部に大量の鶏が押し寄せた。それらは砲塔や機関部にも迷わず特攻をしかけ、エレファントは内部から爆発して地面に崩れた。
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残骸だらけの荒野と化したスローターハウス周辺に照明弾が白くて強烈な光りを落としている。
ユートの所属する第10重装機甲歩兵旅団が盗人街に侵攻しているのだ。
事実、南の方角から銃声が轟き、その範囲も徐々に広がっている。
そんな中、ユートはメイドを一心不乱に捜していた。瓦礫と瓦礫のあいだを伝い、建具や機材の残骸で埋もれた部屋をひとつひとつ丹念に調べた。
時おり見つかる遺体はどれもひどい有り様で、稀に原形を保っていても真っ黒に焼け焦げていた。
その度にドキリとしながら近づいては細部をながめ、彼女と断定できる特徴を探した。それでもやはり見つからない。
やがて傷の痛みと疲労がユートの気持ちに影を落としていった。なんだか無為な作業に思えてきたのだ。位置的に考えてもメイドはスローターハウスの爆発で熱を感じる間もなく消滅してしまった。
そんな考えが頭に浮かんで離れなくなってきた。と同時に旧指令塔から見下ろしたメイドの顔が鮮明によみがえってくる。
マジョリカの店で初めて会ったとき、彼女はおおきな瞳と白い肌が美しい、けれど感情に起伏のない機械染みた女性という印象を受けた。
しかしそれは身分を隠すための仮の姿であり、ついさっき旧指令塔から見た困惑と恐怖が同居した複雑な表情の彼女こそが本物なのだ。
ユートは盗人街で潜伏していたメイドの孤独を想像した。そして自分が現れたことで共闘者を得た喜びを想像した。
途端に胸がいっぱいになり、はり裂けんばかりに膨張した悲しみが嗚咽となって口から漏れた。
旅団に合流しようと思った。
骨の髄まで疲れきっていて身体もあちこち痛い。もう限界だった。
けだるい気持ちで立ちあがったとき、ふと彼はメイドが大爆発から生還していたらどうするだろうと考えた。
真面目な彼女は任務であるエナジーコア回収のためスローターハウスへ向かうに違いない。そう思った直後には立坑を下りる決意を固めていた。
大きく削れた立坑の縁に立って下を覗きこむ。
照明弾の光りがあってもなお穴の底は暗く、闇が手をのばして足首をつかんできそうな恐ろしさがあった。当然螺旋階段はふき飛んでいる。
どうやって降りればいいか分からないし、よしんば降りられたとして今度はどうやって上がればいいかもっと分からない。
とりあえずロープでも探うと振り返ったとき、地面が急激に背後へ傾いた。
重力に引かれて身体がのけぞり、よろめくさまに後ずさった先に床はなかった。
ユートは悲鳴の尾を引きながら、井戸に放られた小石のごとく立坑の奈落に吸い込まれていった。
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