43 正しくも悲しい自己否定
腹部から絶え間なく流れる血を両手でおさえ地面に倒れているという、まぎれもない現実をブッチは信じることができないでいた。
生来の覚醒者気質に呪いの反射的効果も相まって、およそどんな銃弾も避ける自信があった。
しかしサンダンスに撃たれるなんて全く予想していなかった。
サンダンスが自分に銃口をむけ、銃弾がはなたれ、被弾した一連の流れをその目であますところなく見たにもかかわらず、それらを否定する何かがあるのではないか疑ってしまう。
相棒サンダンスが自分を撃つなんて、それ程ありうべからざることだった。
女のさけび声が聞こえた。
……いま、父さんって言ってなかったか?
ブッチは目だけ動かしてサンダンスを見た。
サンダンスは仰向けに倒れ、女がかたわらに屈んで彼の傷口を必死におさえている。
ふたりの関係を理解し、呪いの効果が頭をかすめたとき、悪夢ともいえる確信がブッチを襲った。ちいさく漏れたうめきが尾をひいて慟哭へ変化してゆく。
俺は、なんてこと……しちまったんだ。
愛するものとの惜別を相棒に味あわせたくなかったのに、はからずも彼と娘を生と死で分かつ状況を演出してしまった。
だから彼は、ふらつく身体をひきずってキャロラインのもとへ向かおうとするハネツグが視界に入ったとき、懇願するように声をかけたのだ。
「よう……、助けてくれよ」
ハネツグは最初、どこから声がするのか分からなかった。ふたたび聞こえた声をたどってブッチを見つけたときは肝をつぶした。怪我や火傷でひどく損傷していて死体にしか見えない男が喋っている。
しかもよく見ればこの男、忍者と一緒にキルボットたちを蹴散らしていた猛者ではないか。
「助けてくれ……、お願いだよ」
ハネツグは不思議に思えてならなかった。
あの戦いぶりから察するに、自分の生命などドブに捨てて顧みる事なんて無さそうな男が、どういうわけか涙を流して命乞いしている。
もちろんブッチの真意はちがう。
呪いがどの程度の同調性をサンダンスとブッチの間にもたらすか分からないが、自分が生きていればそれだけサンダンスの生命も永らえて、娘との邂逅をひき延ばすことができるかもしれないと考えたのだ。
彼がサンダンスにしてやれる事は、もうそれしかなかった。
やがてブッチの視線はハネツグから逸れて虚空へ移った。「息を、しなければ……息を」あえぎながら自分に言い聞かせる。
一方、サンダンスは自責の念で泣きながら自分を介抱するキャロラインを懸命になだめていた。
「あんな撃ちかたでは地面を撃っても空に当たる。これは呪いなんだ。おまえが悪いんじゃないよ」
「…呪い?」
「ああ、おまえが撃たなくても、ほかの誰かが撃ってたさ。私は悪事をいっぱい働いたから、ツケがしっかり回ってきたんだ」
サンダンスは息を大きく吸ってから「だからね、キャロライン……」とつづけた。
光が見えてきた、そろそろ限界だ。残ったわずかな力で娘になにかを伝えたい。
サンダンスは折にふれ、そんな事は一生ないと思いつつも、例えば娘に会ったらどんな言葉をかけるべきかというお題目を自らに問うてきた。
「大きくなったな」という月並みな表現からはじまり「母さんに似てきれいになった」や「長いあいだ放っておいてすまなかった」など、様々な言葉を浮かべてはコネくり回してきた。
しかし現実に口をついて出た言葉はそれら全部をすっ飛ばした別のものだった。
「…私なんか真似ないで、自分の道をさがしなさい」
それは語る本人の心に突きささる、正しくも悲しい自己否定だった。
ハネツグはブッチの瞳から生命の輝きが失われる瞬間を見た。同時にキャロラインの痛々しい叫びを耳にした。
「やだよ死なないで……、父さんっ!!」
そしてこれまた同時に小石を躍らせる振動を地面から感じた。ブリキの通信途絶に反応して、エレファントが大通りを折れてこちらにやってきたのだ。
ハネツグはすぐさま駆け出し、エレファントの鼻『100㎜砲』が放つ砲弾が背後で着弾して土の雨を降らすなか、サンダンスの横でうなだれるキャロラインを素早く抱きかかえた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ハネツグは路地を曲がってもなお走りつづけた。
キャロラインは彼の首に腕をまわし胸元に額をつけて小さく細く泣いていた。艶やかな髪ときれいなつむじがハネツグのすぐ下にあった。
盗人街ではそこかしこで住民と新政府軍が血戦をくり広げており、街全体が狂瀾怒濤の様相を呈していた。
照明弾の明かりが陰ったのに気づき、ハネツグは空を見上げた。すると彼のはるか上空を飛んでゆくマジョリカのうしろ姿が見えた。
その手には青く輝く女神像があった。
つづいて空を埋めつくさんばかりの鳥たちが彼女を追いかけて通りすぎていった。
貧者に金貨を降らせ、愛を乞う者に恋人をあたえる女神の像。
あれをとり返すことはハネツグにとって至上命令だったが、もはや遂行する気は失せていた。
そんなことより彼の腕に身体をあずけてしくしく泣いているキャロラインをはやく安全な場所へ避難させねばという使命感が先に立ち、それだけが彼をつき動かしていた。
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