04 素性を隠す諜報員
『まずは盗人街へようこそ。ここは人間の欲望が具現化したような街だ。そして君はいま、南の正門から街に入り、大通りを北に向かっている』
こいつ、どこかで俺を監視してる。
「ディープだったか、通信なんてまだるっこしい事はやめて顔を見せてくれないか。あと本当の名前を教えてくれ。信用されてないみたいで不愉快だ」
『すまないが私がユートと会うことはないし、本当の名前を言うこともできない』
「俺が信用できないのか」
『ちがう。あえて理由を言うなら私が諜報員だからだ。今後の会話もすべて通信機を通すからそのつもりでいてほしい』
不満はあるが、作戦自体に支障がないのならそれでいいとユートは自分を抑えた。今回の作戦は期限が決まっている。こんなことで揉める時間があったら先にすすんだほうがいい。
「わかったよ、おっさん。つづけてくれ」
ディープは『ありがとう』と律儀に言ってから後をつづけた。
『盗人街の内情について少し説明させてほしい。この街には3人の有力者が存在する。彼らは協力関係にはないものの、互いの利権を侵さないという暗黙のルールで街の平穏を保っている。ちなみにこの3人、おそらく覚醒者だ』
……覚醒者。
その言葉に明確な定義はないが、みなが等しく想起するのは、人間という種が通常は到達しえない領域に達した者たちである。
彼らのもつ能力は分類不可能なほど多彩であり、また、能力を獲得する経緯も神の気まぐれ程度の認識しかされていない。
彼らが誕生した真の背景は最終戦争で人類が人造人間に対抗できる人間を創造するために行った生体実験「超人計画」であることは、その計画の内容も含めて戦争のなかで忘れさられてしまった。
しかし時おり、人造人間打倒が成就した現在においても、いくつかの偶然がかさなって覚醒者の子孫たちにその能力が発現することがある。
「よくもまあ、希少な人種が3人も街にそろったものだ」
『彼らの存在が街から新政府の支配を遠ざけている。ところでいま君の視界だと右側、つまりは東の方角を見てほしい。永年コンクリートの巨大な構造物が見えるはずだ』
見ると乱立する掘立小屋のむこうに大きなカマボコ型の建物があった。
全体がコンクリのグレーでてっぺんあたりに銃を手にした男性が哨戒している。
『あそこには盗人街有力者のひとり目、大商人マジョリカの商店がある。彼女のあだ名は魔女だ。魔女の店は盗人街で最も大きく、あつかう商品も多い』
『また、彼女はワイルドギースという傭兵団を抱えていて、彼らは魔女や魔女の店を守るだけでなく、街の治安維持にも一役買っている』
「じゃあ、俺がやるべき仕事も魔女に関係しているってことか」
『そのとおりだ、我々は旅団が街を占領する際の脅威を排除するよう命令を受けている。具体的には空の脅威と陸の脅威に分類され、魔女は空の脅威、軍用ヘリのガンシップを所有している。あれの持つ30mm機関砲や空対地ミサイルは旅団にとって大きな脅威だ』
いくら重装機甲歩兵でも高高度から30mm砲で撃ち下ろされたらひとたまりもないし、侵攻の要となる歩行兵器も空対地ミサイルを防ぐことはできない。
でもそれって……。
「空軍の協力をあおげばいいんじゃないか」
『今回の作戦は唐突に決まったものだから、作戦開始時刻の0時までに空軍が盗人街に部隊を展開することはできなかった』
「だったら作戦開始をひき延ばせばいい。盗人街は逃げたりしない」
『ユートよ、この作戦は時間が勝負なのだ』
「どうしてそんなに急いでいるのか教えてほしい。それとも何か、あんたの名前や居場所と同じで秘密なのか?」
ディープは小さく唸ったあと、改まった口調で語り出した。
『今日の朝、ひとりの女性がとある品物を携えて盗人街にやってきた。私も含め諜報部の連中は、その品物が盗人街を大混乱に陥れ、新政府軍が街を侵攻支配する絶好の機会をもたらすと見ている』
「何だいそれ、強力な爆弾とかか?」
『いいや、見た目は単なる女神像だ。盗人街混乱の種はすでに街に入っている。この機を利用するにはすべての作戦を迅速に行う必要がある』
女神像が盗人街に混乱をもたらす。
街には信心深い者が多いのだろうか。
でもここって悪人の街だよな…。
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