37 マジョリカの執着
マジョリカは対物ライフルに足を乗せ、ひくい姿勢で大通りを爆走していた。
背後からミラニウム爆発の衝撃波が怒涛のいきおいで迫ってくる。
誰かが彼女の名前を呼んだ。 ふっと広がった視界に入ってきたのはアレン大佐の姿だった。彼は大通りに面した建物の扉から顔をだし彼女に手をふっている。
銃口を上にむけて急停止したとき、大佐は彼女の腰に手をまわした。そして抱きよせてから思いっきり部屋のなかへ飛んだ。
手ひどく床にたたきつけられて流線形のヘルメットが頭からすっぽり抜けた。文句を言おうとした彼女のうえに大佐が身体をのせた丁度そのとき、衝撃波が建物を襲った。
壁も床も空気もすべてがはげしく振動した。小ぶりな照明の鎖が切れて壁に衝突し、食器棚は皿やグラスをはきだしながら天井まで浮いたあと派手な音をたてて床に倒れた。
唐突に振動も爆風もピタリと止み周囲がひどく静かに感じられた。
アレン大佐はゆっくり身をおこし身体の埃をはらった。
ふとマジョリカを見ると彼女はあお向けに倒れたまま彼に手をのばしていた。意味がわからないといった顔をしたアレン大佐だったが、すぐにはいはいと言いながら彼女の手をにぎって助けおこした。
部屋にいるのはふたりだけではなかった。
ワイルドギースの隊員たちが大爆発を回避するため床にうずくまっていた。みな手傷と戦塵にまみれ、怪我人も多く、数は当初の半分もいない。
「ずいぶんと寂しくなってしまいましたね」
「これで全員じゃない、オウの部隊は別ルートであなたの店に向かっている」
一行は大通りに出た。
あれだけ賑わっていた大通りが、いまや人ひとりおらず、破壊された建物群のさみしい外観も相まって、大陸で時おり目にするゴーストタウンの風情であった。
「人造人間の攻撃で部隊は大混乱に陥った。そこへ追い打ちをかけるようにあの爆発があって、もう惨憺たる敗走だったよ」アレン大佐が言った。
そのおかげでキルボットがスローターハウスにある在庫共々破壊されたのだからよかったのではとマジョリカは思ったが、それを口にしてはいけないことも分かっていた。アレン大佐は敵にどれだけ損害を与えたかより、味方の損害をどれだけ少なくできたかで戦果を測る人だと承知しているから。
「マジョリカは博学だから、知ってるなら教えてほしい。あの大爆発は何だったんだ?」
憎々しげにアレン大佐が訊いた。
「最終戦争のときに救世軍が開発した対人造人間用兵器です」
「そんなもん後生大事に持っているやつが今でもいたのか」
マジョリカはふり返って隊員たちを見まわした。
「キャロラインはどうしました?」
「途中まで一緒にいたんだが、殺し屋たちを見つけたとたん、すごい形相で追いかけて行った。あいつらに親でも殺されたんじゃないか?彼氏のほうも彼女を追いかけて行ってしまった」
「そうですか」と何か考えるようにうつむいたあと、
「思えばキャロラインが盗人街にエナジーコアをもたらしたときからすべてが始まったように感じます。わたくしがあれを購入したことをメイドが人造人間に吹きこみ、人造人間は屠殺人や殺し屋たちを使って奪取した。そしてスローターハウスから満を持して登場したところを、狙いすましたように対人造人間用の兵器で撃たれた」
「まさか、それ全部が仕組まれたものだっていうのか?いったい何のために?人造人間を倒すためか?」
「いいえ違います。人造人間を倒すだけなら盗人街の3つの勢力を互いに戦わせる必要なんてありません。エナジーコアをスローターハウスにほうり投げて、奴が調子に乗って地上に出てくるのを待っていればいいのです」
「じゃあ、本当の目的は何だってんだ?」
答えようとしたマジョリカはふと何かに気づいたように空を見上げた。ワイルドギースの隊員たちも、疑問したアレン大佐さえも同様だった。
彼らの視線を釘づけにしたもの。
それは南の方角、夜空と建物群の境界から高みにむかって登ってゆく無数の白い光りだった。
最初、それは流れ星の大群か、あるいはロマンチックなアレン大佐の表現を借りるなら、遅刻した星々があわてて配置につこうとしているように見えた。
しかし永年の傭兵経験は即座に否定して現実的な判断をくだす。
あの輝きと形状は明らかに新政府軍の照明弾である。
「ああ、なんてこと…」
マジョリカは血相を変えた。
「なんで新政府軍がこんなに接近しているの!?ガンシップが哨戒しているはずなのに」イソルダ曹長が困惑気味につぶやく。
「あれは首都に行っている。ここにはない」
「こういうときに役立つ屠殺人もわたくしたちが殺してしまいました。ワイルドギースだってこの有様では新政府軍に応戦するのは困難です。もしかしたら、すべては新政府軍が盗人街へ侵攻するための布石だったのかもしれません」
「いや、さすがにそれは深読みしすぎだ」とは言いきれない。
「たしかに、でもだとすると、わたくしたちは新政府軍が盗人街を占領しやすくするため互いの力を削り合うという、とんでもなく不毛な争いをしていたことになります」
「とにかく今は盗人街から脱出することを考えよう」
大佐はマジョリカに説得するような口調で言った。
それから部下たちを見て「マジョリカの店まで一気に走るぞ」と指示した。
みなが大通りを南に向かうなか、マジョリカだけは踵をかえして北へ歩きはじめた。
「マジョリカも逃げるんじゃないのか?」
「逃げますよ。でもその前にやらなければいけないことがあります」
「エナジーコアか?これからスローターハウスに行くのか?」
マジョリカは黙ったまま対物ライフルを宙に浮かせてその上に颯爽と立った。
エナジーコアに入れあげてからマジョリカはおかしくなった。商人としての利も理も失い、いつもの貫録にほつれがでてきた。
もっとも象徴的だったのは人目もはばからず涙を見せたことだ。
そんなこと今まで一度もなかった。
というかマジョリカが泣くなんて想像すらしたことなかった。
エナジーコア、あれは厄介のタネだ。そうアレン大佐は思った。
「マジョリカ、お願いだからエナジーコアは諦めて、俺たちと一緒に逃げてくれ」
「わたくしはしばらく単独で行動します。すべて終わったらママエフの丘で合流しましょう。明け方までには到着します」
上昇するマジョリカをアレン大佐が追いかけようとしたとき「大佐!」とイソルダ曹長に声をかけられ同時に腕をつかまれた。
思わずふり向くと曹長がたまらなく不安な顔で大佐を見あげていて、そこでやっと大佐はワイルドギースを避難させるという、司令官として真っ先にしなければならない役目を思いだした。
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