35 メイドの任務
数秒後、メイドは通信機から目をはなして周囲をゆっくり見わたした。
『ユート、どこにいるのだ?』
「旧司令塔からあんたを見てる」
見あげる彼女と目が合った。
ユートが手を振ると、メイドは困ったように眉を八の字にして、それでも口元には笑みを浮かべながら小さく手を振って答えた。そして通信機のつまみを調整してから、
『声、偽ってごめんなさい』
彼女に似つかわしい端正な声。
『あなたが捕まったり、裏切ったときの保険だったの』
空から雷鳴に似た爆音が轟き、ユートは反射的に腰をかがめた。
恐々と空を見あげたとき、自分の目に映った光景が信じられず何度もまばたきした。市街戦の中心たるスローターハウスの上空に、まるで天から吊るされたようにひとりの男が浮遊している。
男は確固たるエネルギーを漲らせながら両手をひろげて身体を反らした。すると身体のあちこちから青い放電がバチバチと音をたてて発生した。
「捲土重来っ!」
大喝して手をふり下ろした直後、ピンとのばした指先から稲妻が放出され、それは葉脈状に分裂して地上に落ちると強烈な閃光をともなって周囲の物一切をはじき飛ばした。
ワイルドギースも負けじと反撃するが、銃弾も砲弾も男に接触する直前でなぜか失速して地面におちてゆく。
攻撃がまったく効かないことに隊員たちは浮き足立っている。
「……なんだあいつ」
悪魔が地の底から姿をあらわしたか、それとも神が人に罰でも与えにきたのか。
『人類を滅亡寸前に追いやった人造人間の生きのこりよ』
メイドが説明した。ふたたび彼女に視線をもどすと地面に置いていた器機をせっせと身体に装着している。
「あれってみんな破壊されたんだろう?」
『でも生きていた。親派の人間があれをスローターハウスに匿ったの。あるいは人造人間が親派の人間を匿うため一緒にスローターハウスに隠れたのかもしれない。私の任務は人造人間を破壊して、あれが内部に装着したエナジーコアを回収すること』
人造人間の指さきから放射される稲妻は激しさを増してゆくが、それとて身体からもれ出る漏電に過ぎず、彼の本領は身体のなかで飛躍的に質量を増大してゆき、直下の地面では石ころや砂がひき寄せられて浮遊するほどである。
人造人間は巨大な一撃で盗人街を灰燼に帰すつもりだとユートは直感した。
そんな彼の目の端に颯爽と空を舞うマジョリカが映った。
マジョリカはスピアをつき出した姿勢で人造人間に突撃した。
人造人間は両手の指さきを彼女にむけ稲妻を放射したが、そのすべてが彼女の直前で奇妙にゆがんであべこべな方向に飛んでいった。
マジョリカが周囲の空間を歪めているようにユートには見えた。
人造人間は可視的なまでに高まった防御領域を展開し、直後、マジョリカの展開している空間転移領域と衝突した。
たがいを激しく拒絶しながら、なおも距離を詰めてゆく相容れない領域は、いつしかふたりの周りに不安定な竜巻を発生させ、その竜巻をつき破るように稲妻があちこちに落下してワイルドギースもキルボットも関係なく薙ぎ払ってゆく。
外見こそ人間のふたりだが、戦う様は神話で語られる神々の戦いを想起させた。
この時点でワイルドギースは完全に統制を失い、烏合の衆と化してばらばらに潰走をはじめた。
ユートはメイドに向かって叫んだ。
「あんなのと戦うなんて無茶だ!」
『最終戦争は人類の勝利で終わった。だから私も勝利する』
メイドはスカートをふわりと翻し竜巻にむかって駆けていった。
金属のリュックを背負、奇妙な見た目のロケットを右肩に構えている。メイド然とした衣装にちぐはぐなメカメカしい外装だった。
戦闘と爆発と強風のごたまぜになった大混乱のなかをメイドはひたすら走りぬけ、人造人間の背後にせまる。
傭兵の流れ弾を避け、襲いくる半壊の機械人形を蹴りたおし、すべてをふき飛ばす強風を極度の前傾姿勢で耐えながら、それでもメイドは走りつづける。
集中力が頂点にちかづき、周囲の音が遠くに聞こえるなか、思考の片隅でユートのことを浮かべていた。
彼は私のことを心配してくれた。私が死んだら彼は悲しんでしまうのだろうか。
それはすこし嫌だな。
やはり姿を見られたのは失敗だった。
人造人間が防御領域を一気に拡大してマジョリカをはじき飛ばした。
竜巻が消滅して視界が晴れた。メイドは足をまえに突き出してスライディングのような形で停止すると、ロケットの照準を人造人間の背中に合わせた。
落下してゆくマジョリカは必死に対物ライフルを呼びもどすが、すでに人造人間は彼女に指先をむけて稲妻を放射する準備を完了していた。
彼が決めの一撃を発しようとしたそのとき、メイドの放ったロケットが彼の防御領域に到達した。
通常ならロケットは速度を失い落下するはずだが、メイドのロケットは領域の表面に到達する寸前にぐしゃりと自壊した。
と同時にロケットの内部から光る液体がとび出して人造人間の背中にかかった。
人造人間は背中にべったり付着した液体を手でさわり何であるのかを分析した。どうやら身体に危害を加えるものではないらしい。ならば、これを放った者の意図は何だろう。
人造人間が思考しているうちにマジョリカは引き寄せた対物ライフルにしがみつき、地面と衝突する直前に上昇して難をのがれた。
数秒後、人造人間の体内にある生命維持プロトコルが危険を知らせたとき、もはや彼に回避する時間は残されていなかった。
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