34 新政府の英雄
新政府軍二等通信兵ユートの意識はふかい眠りに沈んでいた。それでも自分が旧司令塔の医療施設で横になっていることは理解していた。
ワイルドギースが自分をここまで運んでくれたことを夢うつつに覚えていた。
彼がディープから指示されたふたつの任務、すなわち空の脅威と陸の脅威を排除するという任務は彼の努力とは無関係に達成され、この街でやるべきことはなくなった。
そういえばディープは最後にもうひとつ任務があると言っていた気がするが、どんな内容だったかさっぱり記憶にない。
たとえ覚えていたとしても実行できるとは思えない。ゆえにさっさと諦めてこのままぶっ通しで惰眠をむさぼるつもりだった。
ところが意に反して意識が眠りの底から浮きあがってきた。なんらかの外的要因が眠りを妨げている。
不本意にも目を覚ましたとき、かまびすしい銃火砲火のアンサンブルが一気に耳のなかになだれ込んできた。いくら盗人街が物騒な場所とはいえ、夜中に対空砲や機関銃の咆哮が切れ目なくつづくのは異常だ。
ぼんやり気の頭をかかえて起きあがり、自分の身体を見おろす。上半身は裸であちこちに包帯がまかれ、下半身はズボンの右太ももから下が切りとられて添え木が包帯で固定されている。
こりゃひどいなと嘆きながら、それでも身体はなんとか動かすことができた。
うめき声を漏らしてベッドからでた。
よたよた窓際に寄ってそとを眺める。眼下は居住区らしく木造の家々がひしめき合っているのだが、これが妙な按配だ。
ほとんどの家屋に明かりがともり、住人たちがそそくさと荷造りしている。
盗人街から逃げようとしている。
延々とつづく銃撃の音は盗人街にあってもやはり異常事態なのだと知った。そこでやっとユートは第10重装機甲歩兵旅団の盗人街占領作戦を思いだした。
旅団と盗人街の武装勢力が市街戦をくり広げているのかもしれない。たしか作戦開始の予定時刻は午前0時だが、部屋のどこにも時計がないので判然としない。
銃声は彼がいる窓側とは反対の廊下側から聞こえているようだった。ユートは足を引きずりながら廊下にでて窓にはりつき、そこで目にした景色に圧倒された。
旧司令塔の正面にぽっかり空いた巨大な穴からキルボットがわらわらと地上に出てきて、それらを傭兵団ワイルドギースがおおきく囲んで銃撃しているのである。
マジョリカも空飛ぶライフルに立ち傭兵団に加勢している。
それだけでも驚いたのに、さらに驚くべきは津波のようにおし寄せるキルボットたちの真っ只中に男がふたり孤島のごとくとり残されているのだが、このふたり、背中合わせに立ってキルボットたちの猛攻をことごとく跳ねかえしている。
その修羅のごとき荒々しさは遠くから眺めているユートの目にも強烈に感じとれた。
しかもよく見ると、ふたりのうちハンマーをふり回している赤くて丸っこい男は数時間前に屠殺人の殺しを依頼した殺し屋ブッチではないか。
なにが起きているのだろう。しばらく考えてみたがさっぱりわからない。
混乱した頭をしずめようと視線をおとしたとき、だいだい色の光りがともる街灯の下、捨ておかれた廃車にピタリと身をよせるひとりの女性を認めた。
あのロングドレスとエプロンには見覚えがあった。マジョリカの店にいた情緒的表現の乏しいメイドだ。
しかし記憶にある印象とちがい、いま目にしている彼女には不安気でまごついた雰囲気があった。
メイドは周囲にいくつかの器材をならべ、時おり車の影から大混戦を盗み見ている。やがて車のかげに身をかがめて器材をひとつ膝のうえに置いた。そして指先でいじり始めた。
ユートの背後で馴染みの音が鳴った。部屋にもどるとそれはベッドの枕元に置かれた小型通信機から発せられていた。
もしやと思い、部屋にもどって通信機を手にしてからふたたび廊下の窓べに立った。
『わたしだ』
イヤホンから聞こえてきたのは仁丹の香りただよう渋い声だった。その言葉とメイドの口の動きがぴたりと合致していた。変声機能をつかっている。
諜報員ディープ・スロートの正体はメイドだった。
声を変えているのは名前を伏せているのと同様に素性を隠すためだろう。
『きみには尊敬の念を禁じえない。まさか最後の任務まで完遂してみせるなんて』
なんだろうこの既視感は。またしてもあれか、自分の任務が自分の行動とは無関係に達成されたというやつか。
『作戦を指示した上層部ですら成功の可能性はゼロにちかいと踏んでいた3つ目の任務を、きみは疑う余地なく完遂した。上層部はきみが世の大事をなしたと口を極めて褒めたたえ、きみのためにポストを新設する計画まで立てている。あるいは政治の方面から誘いがあるかもしれない。いずれにせよ、きみはいまや新政府の英雄だ』
「俺はなにをやったんだ?」
情けないことに今回は任務の内容すら知らない。
『それは私が訊きたいくらいだ。一体なにをしたら盗人街の3つの勢力をたがいに戦わせて街全体の戦力低下をはかるという実現困難な任務をなしえたんだ?』
いま街で展開されている市街戦は俺がつくり出したものだというのか?
ちがう、俺は旧指令塔でぐっすり寝てただけだ。
『さて、今度は私がきみの功績に報いなければならない。もうすぐ第10重装機甲歩兵旅団が盗人街に攻撃をしかける。そのまえに片づけなければならない仕事がある。きみの任務ほど困難でないにせよ、はたして達成できるか、正直、自分でもわからないよ』
メイドは力なく肩をおとした。
「どんな任務なんだ?」
『詳細は言えない。諜報部の人間は嘘や秘密が大好きだからな。ただ、これから私が言うことはすべて真実だ』
メイドは背筋をのばし、まるでそこにユートがいるみたいに膝のうえに置いた通信機に真摯な眼差しをむけた。
『きみが今回の作戦を知るずっとまえから、私は諜報部の密命で盗人街に身をおいていた。クラボットの修理を独自に体得し、学者の信頼を得て懐に入りこんだ。そのあと学者に進言して魔女の店に従業員として潜伏した。つまり私は魔女の店で働きながら魔女の情報を学者に伝えるスパイであると同時に、魔女と学者の情報を新政府に伝えるスパイでもあった』
『そうやってあちこち騙していても、私は基本的に臆病者でね。恐怖と不安の毎日だったよ。そんなとき、ようやく盗人街の占領作戦が形をなして、きみが現れた。おなじ場所に同じ志をもった人がいてくれることがこんなに嬉しいとは思わなかった。しかも与えられた任務を完璧にこなす信頼のおける存在だった。要するにだな、私が言いたいのは……』
メイドは一度マイクロホンから顔を離した。
そしておおきく深呼吸してからふたたび顔をちかづける。
『君に、ありがとう、と言いたいのだよ』
メイドは通信機に手をのばした。スイッチを切ろうとしている。
ユートはとっさに「待って!」と叫んだ。
「俺はなにもしていない。すべてが偶然の連鎖で俺がなし得たことじゃない。お願いだから新たな任務を与えてくれ。今度こそ俺ひとりの力で立派にやってのける」
『上層部から君への指示はない。あえて言うなら早く盗人街から退避することだ』
「じゃあ、あんたが指示を出してくれ。身体は傷だらけだがまだやれる」
『怪我をしているのかい?』
「どれもこれも唾つけりゃ治るやつだ。いくらでも動ける」
『ここから先は私ひとりの任務だ』
「さっきあんたは任務を達成できるか分からないと言っていた。俺が協力すれば達成できる可能性は高まる」
『もう弱音は吐かない。臆病者が迷い込む袋小路から君は私を救いだしてくれた』
「嘘だ。今だってあんたは不安で押しつぶされそうになっているじゃないか」
メイドは凍りついたように動きを止めた。
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