31 オズ博士、満腹になる
サンダンスの身体は内壁をらせん状に這っている階段にぶち当たった。
衝撃で階段は大きくひしゃげ、壁にとめたボルトが飛びだして階段がかたむき直下の階段に当たってすべり台のようになった。
彼はそこをひとしきり転げおちて、ようやく動きをとめた。
いったいどれだけの深間まで落ちたのだろう。
視線をあげると丸くきり取られた夜空がちいさく見える。さすがに身体中が痛い。欄干につかまり立ちあがったとき自然と視界が下に向いた。
ここまで落ちてもまだ底は見えない。
背後から電動機と金属の駆動音が聞こえてふり返る。見えたのは下階から階段を上がってくるクラボットだった。
クラボットは彼の前で停止した。
「待っていたよ」
スピーカーからオズ博士の声が聞こえた。
「ついてきてくれ」
クラボットは頭を反転させてから身体を同じように反転させて階段をくだってゆく。サンダンスは黙ってあとに従った。
うす暗い階層に入った。
ランプが弱々しく照らす順路を100mほど歩いただろうか。見えてきたのは陽がそこだけ射しているような明るい空間とその下で椅子に腰かける細身の男の姿だった。
彼の前には大人数で食事ができるような長いテーブルがあるが、いまは何も置かれていない。男は椅子から身を起こしてサンダンスの正面に立った。
「君たちならやってくれると信じていた。さあ、エナジーコアを渡してくれたまえ」
オズ博士の声だった。とすると彼がオズ博士か。やけに痩せているな。
サンダンスが懐からエナジーコアをとり出して博士にわたすと、彼はそれを大儀そうに掲げて感嘆の声を発した。
「そうだこれだこの輝きだ。外宇宙の果ての果て、同胞たちがコバルトの海からすくい上げた生命の源、猛烈な重力で圧縮液化されたエネルギーの塊」
オズ博士は白衣の胸元をつかんで引きちぎった。
身の危険を感じたサンダンスは数歩後退して、何があっても対応できるように身構えた。
しかし博士の腹が縦にぱっくりと裂けたときは面喰らわずにはいられなかった。博士がエナジーコアを腹の中に入れると周囲の臓器がそれをゆっくりと包みこみながら腹が閉じてゆく。
オズ博士は目を半ば閉じて恍惚の表情を見せた。
「この満足感を待っていたのだ。もう底なしの飢餓に苦悶することはない。呪いはようやく解かれた」
オズ博士が人間でないことは明らかだった。
その事実はサンダンスにとって驚きではあるものの、理解できる範疇の事実だった。
最終戦争ですべてが破壊されて緩慢な死滅へ進んでいる現代とは対照的に、最終戦争前の旧時代には数々の驚異的な発明がなされたという。
おそらく彼はその時代に発展した超文明の産物なのだろう。
いずれにせよ、こちらはやる事をやったのだ。
「今度はあんたが義務をはたせ」
「もちろん、今、この瞬間からスローターハウスは殺し屋ふたりのものだ。私はここから立ち去る」
オズ博士は顎をあげて両手をたかく掲げた。
ひくい放電音を伴って、手のひらから青い光の柱が天井まで一気にかけあがる。
永らく眠っていた側壁や天井の照明がまたたく間に息をふき返した。そして広がった視界にサンダンスは目を丸くした。
すこし前まで暗闇だった場所には大量のクラボットがみっちり整列していたのだ。
「これらは君に差しだすクラボットではない。よく見てごらん。右手には銃撃戦用の小銃、左手には白兵戦用のナイフが内蔵されており装甲も通常より強化されている。クラボットの戦闘仕様キルボットだよ。操作の負荷が大きすぎて使えなかったのだが、エナジーコアを手に入れた今なら意のままに操れる」
「こいつら使って何する気だ?」
「最終戦争のつづきをするのだ」
「最終戦争って、大昔に起きたやつか?」
「人類は私たちを残らず破壊したと思っているようだが、それは間違いだ」
「なにを言っている?俺には全然わからないぞ」
キルボットたちの足元から頭にかけて放電の光りがはしり、身体の内部では虫の羽音に似た駆動音が聞こえはじめた。
「きみたちふたりはスローターハウスの所有者となった。しかし残念なことにすぐ死ぬだろう。そして地理的に考えるなら最初に殺されるのはサンダンス、君ということになる」
部品同士が噛み合う大合唱が空間を満たし、キルボットの目が一斉に光ってサンダンスを見た。
永らく闇の世界に身を置き、死の瀬戸際に立ったことも一度ならず経験しているサンダンスでさえ、それは感じたことのない恐怖であった。
瞬時に身を翻して全速力で出口へと駆けた。
直後、背後から大量の足音と彼を狙う銃声が聞こえた。
絶対的な死が自分を追いかけていると想像しただけで腰が抜けそうになるが、なんとか転倒せずに走りつづける。幸いにもキルボットの脚力はサンダンスに及ばず容易に距離をかせぐことができた。
立坑が見えてきた。
いける、逃げきれる。
緊張しっぱなしの顔に若干の笑みがうかぶ。やがて螺旋階段まであと数メートルという距離まで接近したとき、サンダンスはゆっくり立ち止まった。その顔にもう笑みはなかった。
彼が目にしたのは立坑の内壁にトカゲのように張りついて地上を目ざすキルボットの大軍勢だった。
その数たるや壁面が見えないほどである。
それらすべてが見事な同調で停止し、首だけ巡らしてサンダンスを見た。
彼は反射的に踵を返したが、そちらもそちらで寸分違わぬ歩調でキルボットたちが迫っている。
閉ざされた空間で包囲されたとあっては万にひとつも活路はない。風船から空気が漏れるようにサンダンスは身体から戦意が抜けてゆくのを感じた。
……もう駄目だ、おしまいだ。
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