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28 2丁のピストル

 扉や窓から入った様子もなく、ちかづいてくる気配もまるで感じなかった。


 しかもその衣装たるや上下黒服に黒頭巾(くろずきん)、額には鈍くかがやく(はち)がねをつけている。まるで旧時代に小さな島国で暗躍(あんやく)したという忍者さながらだった。


 状況に頭がついてゆけず静止したままのハネツグに向かって、忍者は抜く手も見せぬ速さで拳銃をかまえて、彼の眉間(みけん)にぴたりとつけた。


 急速に恐怖が湧きあがり、うわっと悲鳴をあげかけたが、彼の手にあった女神像の重みが消えたことに気づいたときそれは忍者の手中にあり、あまりの手ぎわの良さに驚きすぎて悲鳴がひっ込んだ。


 忍者は風をまいて反転すると扉へ走った。

 数瞬遅れて頭のなかで復旧しはじめた冷静な部分が彼を追えと命じ、やっとハネツグはあとを追いはじめた。


 忍者は扉を蹴り開けると思いきや、足のうらを扉につけて側壁を駆けあがったかと思うと、つぎは天井に足をつけて上下逆さまになってハネツグの方へ向かってきた。


 そのときにはハネツグはもう自分の見ている景色が信じられなくなっていた。

 ただ走りながら天井の忍者を目で追い、しまいには頭をうしろに反らしすぎて背中から派手に倒れた。肺の空気が一気に抜けてはげしく咳きこんだ。


 浴室の扉が勢いよく開いたのはそのときだった。


 一糸(いっし)まとわぬキャロラインが全身ずぶ濡れの状態で浴室から飛び出してきたのだ。


 彼女は瞬時に部屋を見わたした。


 床にはハネツグが背中をおさえて海老反っており、窓辺には見知らぬ黒装束(くろしょうぞく)の男がエナジーコアを手にして立っている。これはもう強盗に間違いないと断定し、浴室から携えてきた銃を忍者に向けた。


 あれだけ奇想天外な動きをしていた忍者だったが、キャロラインを目にしたとたん、まるで魅入(みい)られたかのように窓辺で立ち尽くしている。


 一方ハネツグはというと、ようやく転倒の痛みから回復したものの、彼のまえで堂々と立っている全裸のキャロラインを正面の、しかも低い角度から見上げるかたちとなった。


 結果、とんでもないところまで見えてしまって、思わず聖書の一説をつぶやながら胸元で十字を切っていたが、彼女のにぎる銃に視線を移したとき、数秒前に眉間(みけん)に突きつけられた銃とまったく同じであることに気づいた。


 ハネツグの頭の中でキャロラインとの会話が再生された。


…この銃は特製でね、世界にふたつしかないんだ…


…ふたつ…、もう一丁は?…


…父さんが持ってる。たぶん…


 ハネツグはとっさに叫んだ。


「撃っちゃだめだ!」


 発砲直前の叫びに動揺したのか、あるいは単に腕が悪いのか、消音装置が効いた小さな発砲音とともに発射された弾丸は、忍者からまったく離れたデスクのランプを破壊した。


 その音で我に帰った忍者は急いで窓から飛びおりた。


 少しして窓の外から隊員たちの怒号と連続した銃声が響いてきた。


 いまだ痛みが抜けないハネツグは這うように窓にちかづき、窓枠に手をかけて懸垂(けんすい)の要領で外を見た。


 規則的に配置された街灯がぼんやりと灯す宿屋前の通りを一列になった銃弾の光りが四方から飛んでゆく。そんな中、忍者はほとんど闇に同化して、わずかに動きの片りんだけを浮かび上がらせ逃走した。


「あいつ、どこ行った?」


 キャロラインが窓枠に手をつけてハネツグの頭上から外を見た。


「スローターハウスの方に行ったみたい」


 キャロラインはハネツグの背に覆いかぶさるように身を乗り出した。その時点でもうハネツグは忍者どころではなくなっていた。


 肩から首にかけてぐいぐい押しつけられている柔らかな感触は紛れもなくキャロラインの胸であり、彼女の髪や肩からしたたる水滴(すいてき)が頭におちて(ほほ)や鼻の脇をつたってゆく感覚や、湯気に混じってただよう石油石鹸のかおりに意識が吸いあげられてしまう。


 煙突から出る煙みたいにもくもく湧きあがる桃色の妄想をおし鎮めるべく、状況とまったく無関係なことに考えを巡らした。


 人はなぜ生きるのか


「撃っちゃだめって、どういうこと?」


 キャロラインの言葉がふってきて、新たな地平が見えてきたハネツグはハッと目覚めた。


「あのひと、きみと同じ銃を持っていたんだ。だから…」


 つづきを待たずキャロラインは急いで浴室に入った。もはや窓から見える景色には忍者もそれを追う隊員たちも夜の闇に消えており、とおくから銃声が聞こえるだけである。


 そそくさと野戦服の(そで)に手を通しながら浴室から出てきたキャロラインは廊下にいたる扉を乱暴にあけて下階へ走った。

 ハネツグも反射的に立ちあがって彼女のあとを追った。



読んでいただいてありがとうございます。

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