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20 危機を脱したワイルドギース

 同じ光景を見ていたオウ曹長は「死んだな」とつぶやき、同意を求めるようにとなりに視線を移したが、そこにいるはずのアレン大佐がいない。


 彼はすでに2階から飛びおりてハネツグの救出に向かっていた。


 つかのま気を失っていたハネツグは屠殺人がたてる地面の轟きを感じて目を覚ました。


 口のなかに血の味を感じながらむくりと立ちあがる。


 背後からキャロラインがやってきて「大丈夫!?」と心配そうにハネツグの顔をのぞき込んだ。


 ああ、と答える彼を見てキャロラインは驚きを隠せなかった。彼が生きていることを切に願ってここまで来たけれど、本当に生きているとは思ってなかった。


 しかもけっこう余裕ある。


 シスターの地獄の特訓を経験したハネツグからすればこの程度の攻撃は何ほどでもなかった。


 屠殺人は関節が曲がらなくなった右足をひきずり、肩からふき出す不凍液で真っ赤に染まりながらハネツグに接近してくる。


「はやく逃げよう!」


 キャロラインが彼の肩に腕をまわしたときだった。

 ハネツグは押しよせる屠殺人の人型マスクの額にちいさくて赤い光の点をみつけた。


 あれって狙撃用のレーザーポインタだよな、とハネツグが思った次の瞬間、銅鑼(どら)を鈍器でぶっ叩いたような大音量がひびき、屠殺人は身体をのけ反らせて背後にたおれた。


 死闘の場に到着したアレン大佐は大の字にたおれた屠殺人を見おろした。パンチの効いたマスクは完全にふき飛び、機械でゴテゴテした頭部は上半分が大きくへこんでいる。


 死んだかなと顔をちかづけると、


「俺は人間だ!」


 スピーカーから絶叫が飛びだした。つづいてひしゃげた頭部から静かな電子音が鳴りはじめる。


「まだ動くのか…」


 アレン大佐は後ずさりながらとどめを刺す方法がないか考えた。


 肩にかけたライフルではどうにもならない。電子音が大きくなり屠殺人が身体を起こしたとき、ふと背中のランドセルが目に入った。


 あの中の豚を爆破できればと屠殺人の背後に忍びよる。屠殺人は上体を起こして半分へこんだ頭部を左右に動かしながら状況を把握している。


 大佐は彼の背後に立ってランドセルの中を覗き込んだ。


 大量の豚がこちらに尻を向けてみっちり詰まっている情景にすこし怯みつつも、目を凝らすとこの豚たち、屠殺人の背中を突き抜けて身体の内部にまで収納されている。


 ということは、このランドセルは屠殺人の外部装備ではなく身体の一部であり、また、この豚を爆破できれば屠殺人を内部から爆破したに等しい。とはいえどうすれば起爆できるか分からない。


 そこでやっと彼はベルトにぶら下げたグレネードの存在を思い出した。急いでグレネードをとり出してピンを抜きランドセルに放り込んだ。


「爆発するぞ!」


 そう叫んで転げるように走りだした。

 アレン大佐の声を背後から聞いた屠殺人はすぐに事態を察してランドセルに手を回すけれど握力が喪失していて、指がグレネードに触れているのに握れない。


 同じくアレン大佐の声を背後から聞いていたキャロラインは、肩にまわしたハネツグの手の感触を失った。


 なんだろうと思う間もなく彼女の身体がふわりと浮き、気づくと猛スピードで走るハネツグに抱きかかえられていた。


 ハネツグは視線を落として、それが見上げるキャロラインの視線と交わった。


「大丈夫、転ばないようにするから」


 鉄火場(てっかば)にあってこの余裕。鼓動が早くなり身体は燃えてるみたいに熱い。キャロラインは目もくらむほどハネツグにときめいていた。


 何なのこのひと、超絶かっこいいんですけど……。


 彼女が心の中でつぶやいたきっかり1秒後、グレネードが炸裂した。


 鼓膜を直接たたくような爆音を伴って天高く火柱があがり、直後、それは黒煙に変貌してすぐ巨大なキノコ雲へと成長した。


 熱風が一気にひろがり周囲の家屋は瓦解(がかい)し、大量の土砂がふき上げられる。


 あたりに噴煙(ふんえん)が舞い、建物のヒサシやテーブルの脚、石ころや屋台の鍋、ありとあらゆる物がふり注ぐなか、オウ曹長はいち早く爆心地に走りアレン大佐を捜した。


 地面に打っ伏している彼を見つけ出すのにそう時間はかからなかった。大佐のそばで膝をつき名を呼ぶと、彼は二日酔いのような苦悶の表情で薄目をあけた。


「……どうなった?」


 オウ曹長は周囲をぐるりと見わたしてから「わかんねえ」と答えた。


 アレン大佐はオウ曹長のさし出した手を握って立ちあがり、とぼとぼと屠殺人のいた場所へ向かった。

 粉塵が収まって徐々に視界が晴れてくると、彼らの前に大きなクレーターがあらわれた。


「屠殺人はどこに行ったんだろう」

「爆発で消滅したんじゃないか」


「若者ふたりは?」

「あそこにいるぜ」


 オウ曹長が指さす先には、互いを見つめあって佇むハネツグとキャロラインがいた。


「屠殺人が爆発する寸前に彼氏が楯になって彼女を守ったんだ。なかなかのもんだ。ワイルドギースにほしいくらいだよ」

「大佐ぁっ!」


 イソルダ曹長の悲鳴にも似たさけび声が、なぜか上空から聞こえて、アレン大佐とオウ曹長はそろって顔をあげた。


 そこには対物ライフルを(ほうき)に見立て、その上に両足をそろえた姿勢で空を飛ぶマジョリカと、恐怖で顔を引きつらせながらそのライフルにぶらさがっているイソルダ曹長がいた。


 ライフルが下降をはじめるとイソルダ曹長はライフルから飛びおりて、大佐に抱きつかんばかりの距離まで詰めよったが、直前ではっと我に帰って急停止した。


 土壇場になって恥ずかしくなったか、あるいは背中にザクザク刺さるマジョリカの殺気に怖気づいたのか。イソルダ曹長は身なりを整えると顔をひき締めた。


「ご無事でなによりです」


 いつも鏡で練習している完璧な笑みをアレン大佐に披露した。 


「みごとな狙撃だったよ、イソルダ」

「あんなもの、朝飯前です」


 冷静に答えるイソルダ曹長。内心は有頂天(うちょうてん)である。


 ふたりに漂うねんごろな空気を裁断するようにマジョリカが割って入った。彼女は大佐の正面に立つと、親指を立てて肩ごしに背後のイソルダ曹長を指した。


「あの娘なんとかしてちょうだい!」


 露骨に眉をひそめて言った。


「断りもなくわたくしの(ほうき)(対物ライフル)を使うわ、ここに飛んで駆けつけようとしたら勝手にぶらさがるわ、おかげで到着が遅れてしまったではありませんか」


 大佐はやれやれという感じで頭を掻きながら、


「ああ、すまん」

「この埋め合わせはしていただきますから」


「わかった、なんでも言うことをきく」

「なんでも?本当に何でもですよ」


「だから分かったって」


 マジョリカは満足気にほほ笑むと、身をひるがえしてその笑みをイソルダ曹長にも披露した。


 ムッとして顔をそむける曹長に言いしれぬ愉悦(ゆえつ)を感じ、マジョリカの笑みが一層(いっそう)ゴージャスになった。


 そのときふと曹長の向こうにキャロラインの姿を認めた。どうやら元気そうだとマジョリカは安堵した。


「ことの経緯を教えてください」


 マジョリカが大佐に訊いた。


「学者はキャロラインがエナジーコアを持っていることを知っていた。あれを渡せと言われて彼女が断り、屠殺人が大暴れしてこの大惨事だ」


 マジョリカの顔に凄みがさした。


「こうなったら、学者に直談判(じかだんぱん)しなければなりません」


 そこで一旦言葉をとめると「その前に」と小さく前置きしてから言葉をつづけた。


「屠殺人が完全に死んだか確認しましょう。あれを放っておくとふたたび襲ってきますから」

「え? 消し炭なったんじゃないのか?」


 アレン大佐が戸惑いながら訊くと、マジョリカは答える代わりに空の一点を指さした。


 みんながその先を見ると、夕暮れのあかね色から夜の藍色へと変化しはじめた空を、真っ赤な炎を(まと)った物体が街の東側へ斜めに落下してゆく。


 それは大爆発で雲の空域まで上昇したあと、重力に引かれ地上へ帰還しつつある屠殺人であった。


読んでいただいてありがとうございます。

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