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02 ハネツグのひと目惚れ

 ハネツグが鼻をおさえながら立ちあがったとき、2階から降りてきたシスターがそばに立った。


「なにやってんだい!」


 ハネツグに一喝(いっかつ)してから銃をかまえ、丘を駆けあがる彼女の背中に照準をあわせた。


「待ってください!」


 気づいたとき、ハネツグは銃口をふさぐように立っていた。


「おどきっ!はやく撃たないと女神像を奪われちまう!」


 シスターは一歩横に移動してふたたび狙いを定めるが、ハネツグも移動して再度彼女をはばんだ。シスターは銃をおろしてハネツグを睨みつけた。その目力に(ひる)みながらも、彼は「僕が取りかえしますから」と弁明(べんめい)した。


 丘の上からエンジン音が聞こえ、すぐに遠ざかってゆく。


 シスターは銃を肩にかけてからしばらく音を追うように丘を見ていたが、やがてハネツグに視線をもどした。


「女神像がどれほど大事なものか、あんたに教えたはずだ」


 はい、とハネツグはすまなそうに(こうべ)を垂れた。


「あの像は女神アルテミスを模して造られた。アルテミスは運命を司る女神であり、信仰にあつい者を寵愛する。それが貧者なら金貨の雨をふらし、愛を乞う者なら運命の人にめぐり会わせる」

「シスターをとめた理由も実はそこでして」


 ハネツグは面をあげて「僕、めぐり会った気がするんです」と夢見るような目で言った。

 シスターは(いぶか)しげに眉をよせて、


「めぐり会ったって……何にだい?」


「運命の人です」

 シスターは数秒のあいだ頭を傾けて考えていたが、はっと気づくと泥棒が去った丘とハネツグの顔を交互に見て、それから丘を指さした。


「あれ泥棒だよ!教会から女神像を盗む不信心者だよ!」


 ハネツグはいやあ、と照れながら頭を描いている。


 なるほど、若干17歳にしてシスターの地獄の特訓を耐えぬき、本人も知らぬ間に旧時代最強と(うた)われたアニマル部隊にも引けをとらない戦闘力を持つハネツグが、一度は捕えた泥棒を逃がしてしまった理由はそこにあったのか。


 シスターは腕を組んでしばし考えたあと、ハネツグの胸に軽く拳をあてた。


「あの娘が女神像を盗みだし、体よく逃げることができたのはおまえのせいだ。だからおまえが女神像を取り返してくるんだ」


 ハネツグは「はい」と言って真剣にうなずいた。

「それと」とシスターは含みのある笑みを見せながら、


「あの娘も連れてきなさい。ああいう性根の腐った奴には私が直々に神の教えを説いてやる」


 シスターはくるりと身を翻し、大股(おおまた)で教会へと歩きだす。


「そうと決まったら準備するよ」


 ハネツグはシスターのあとを歩きながら、さてどうしたものかと考えた。女神像を取り返すにしても、あの子をつれ帰るにしても、行き先がわからないことには手の打ちようがない。


 そんな彼の疑問に答えるかのように、シスターは立ち止まって振りかえる。


「この辺で盗みを働いた奴が行くところなんざひとつしかない」


 そう言ってシスターは東の空を指さした。

「悪人の巣窟(そうくつ)盗人街(とうじんがい)』へ向かったに決まってる」


 丁度そのとき、東に横たわる稜線から太陽がのぼり、ふたりの顔を明るく照らした。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 シスターがのばした指先のはるか延長線上をキャロラインはバイクで爆走していた。

 いまだ興奮は醒めず、身体の震えもとまらない。


「あのシスターなんなの!?会っていきなり殺す気満々って、どういうこと!?あれが神に仕える者のすることなの!?ほんとうに神がいるなら、あんな奴こそ地獄におとすべきよ!」


 泥棒を働いた自分は完全に棚上げしてシスターへの罵詈雑言(ばりぞうごん)をひとり(まく)したてるが、そのあいだも頻繁に恐怖が背中を()でて背後を振りかえらずにはいられない。


 やがて、いくつかの峠を越えて追手の姿もないと確信したあたりから、ようやく恐怖の波は引きはじめ、代わりにキャロラインのなかで嬉しさがこみ上げてきた。


 だれにも気づかれずに盗むという当初の目論みは狂ってしまったものの、結果だけみれば生まれて初めての悪事に成功したのだ。


 しかも獲物は素人目に見てもかなり高価な代物ある。


 キャロラインはハンドルから片手をはなしてバッグの口をあけてみた。


 眩い光りが彼女の顔を青く照らす。


 素材は何だろう?宝石のたぐいのようだが、家にたくさんあるダイヤやサファイア、エメラルドなんかとちがい、内側から光りを発している。


 いずれにせよ高価なものに違いない。


 キャロラインが求めているのは像を売って得る金貨ではなく、この像が高く売れたという事実である。言いかえるなら彼女が価値あるお宝を盗みだしたという事実ある。


 その事実は裏の世界で彼女が名を上げるのに大いに役立ってくれる。今回のような活躍をつづけていれば、いつかきっと裏の世界に生きるあの人の耳に私の名前が届くはず。


 キャロラインは意気揚々とアクセルをふかした。そのときふと教会での場面が頭をよぎった。


 2階から飛びおりたあと、懸命に走っていた彼女に体あたりをかました人がいる。


 月明かりの逆光で顔は見えなかったが、男性だったと思う。あの人のこと力まかせに殴ってしまったけれど大丈夫だろうか。キャロラインはなんだか申し訳ない気持ちになった。


 そんなことを考えているうち、空と地へいの境目に薄っすらと目的の街が見えてきた。


 あれこそ盗品売買なら並ぶもの無しと評され、このあたりの悪人があまねく寝ぐらとする街「盗人街(とうじんがい)」である。


 女性スカベンジャーは盗品を売るなら盗人街が最も都合がよく、わけても魔女と呼ばれる商人が一番高い値段で買いとってくれると言っていた。 


 彼女が言ったとおり教会にはお宝があったのだから、魔女に売るのが一番という言葉も本当だろう。


 すべてが上手くいく。


 キャロラインはそう確信して歓喜の声をあげた。


 ハネツグの一目惚れによって、まんまと女神像を盗みおうせたキャロラインだったが、そのことが引き金となり巨大組織の策略に巻きこまれる事になるとは、このときの彼女は知るよしもなかった。


読んでいただいてありがとうございます。

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