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18 ふたりは一蓮托生

「どう思う?」


 照明の明かりが届かない部屋の片隅(かたすみ)で声がきこえ、暗がりから(にじ)みでるようにひとりの男があらわれた。


 その立ち位置と部屋の暗さでユートが彼の存在に気づかなかったのは、もちろん意図的である。


 歳は50半ば、みじかく()った髪と年齢以上にふかい皺が刻まれた顔、するどくつりあがった目は殺し屋だと言われるとやはりと言いたくなるが、同時に八百屋の頑固おやじと紹介されても、それはそれで納得できる風貌(ふうぼう)である。


 ブッチは肩をすくめて「どう思う、とは?」と聞き返した。


屠殺人(とさつにん)を殺す理由だよ。怨恨(えんこん)かな?」


 彼は名前をサンダンスといい、ブッチとは永年裏街道をともに歩いてきた無二(むに)の親友である。


 殺し屋というと盗人街の人々は迷わずブッチを思い描くが、じつのところ殺し屋とはサンダンスとブッチのチーム名のようなものであり、その事実を知る者はオズ博士やマジョリカなどのかぎられた数名だけである。


 ちなみにブッチが語っていたスローターハウスで唯一の生還者とは彼のことであるが、あの話はユートの依頼を断るため多分に誇張(こちょう)されており、実際は警備の厳重さを素早く察知して早々にひき上げたのだ。


 侵入と暗殺について人後(じんご)に劣らないサンダンスでも、ブッチが話したように周囲一面を敵に囲まれたのではうつ手がない。


「あの筋肉のつきかたからすると、ユートは軍人だ。新政府軍が何かやろうとしているんだろう」

「屠殺人が軍に目をつけられたってことか。それとも盗人街全体が目をつけられたのだろうか」


「どっちだろうと俺たちには関係ないことさ」


 ブッチはたち上がり、ちいさな扉まであゆみ寄って鍵をかけた。それからぶ厚い鉄板で覆った。サンダンスはユートが座っていた椅子に腰かけた。


「さて、殺し屋は閉店の時間だ。1杯飲もうぜ」


 ブッチは棚からウイスキーのボトルとグラスをふたつ掴んで机に置き、サンダンスはボトルの口を開けてグラスにウイスキーをついでゆく。


 ブッチも席につき顔にかかった布をうしろにはねた。蝋人形(ろうにんぎょう)が溶けたような顔があらわれた。


「おまえ、相変わらず男前だな」サンダンスが茶化(ちゃか)すと「おまえほどじゃねえよ」とブッチが笑顔で応じる。ふたりはグラスを合わせて中身を口にながし込んだ。


 百年の知己(ちき)のように仲睦(なかむつ)まじいふたりだが、はじめからこうだったわけではない。


 以前ふたりは国内最大の殺し屋集団に所属していた。


 チンピラだった若いじぶん、敵対するグループに家を焼かれて家族全員をうしなったブッチは、そのときの怒りを力に変えた派手な武技で殺しをおこない、一方サンダンスは殺人をある種の技術ととらえ、誰にも気づかれず、被害者さえ殺されたことに気づかない巧緻(こうち)極まる殺しを指向していた。


 手法はちがえどもふたりの腕は誰もが認めるところだったが、問題は互いが水と油ほどに相容(あいい)れない存在であることだった。


 会えばいがみ合い、ナイフも銃もくり出すばかりか、挙句(あげく)は相手を殺すことに躍起(やっき)になって本業をないがしろにする始末だった。


 これに困った殺し屋集団の頭目(あだ名は死神)はふたりに呪いをかけた。


 オズ博士の「食べつづけなければ死んでしまう」という呪いは汚染された世界がもたらした身体の突発的変容ととらえることができるし、魔女の「まっとうな取引をしないと金貨に殺される」という呪いも自己暗示(じこあんじ)であると言って言えなくもない。


 しかし、ふたりが掛かった呪いはまさしく本物だった。


 呪いの内容をひと言で表すなら「一蓮托生(いちれんたくしょう)」である。


 最初、頭目からお前たちに呪いをかけたと言われたとき、ふたりは腹がよじれるほど笑った。


 この世界に呪いなんてあるものかと、まずサンダンスがブッチの足を銃で撃ってみた。


 直後、まったく関係のない強盗がたまたま撃った弾丸がサンダンスの足に穴をあけた。ふたりは足の同じ場所をおさえてもんどりうつ結果となった。


 さすがにあれは偶然だろうと、今度はブッチがサンダンスの隙をついて背後からこん棒で殴りつけた。


 すると背後の建物でチャンバラをしていた子供の手からこん棒がスルリと抜けてブッチの後頭部にヒットした。


 路上でそろって頭を押さえ、釣りあげられた魚みたいにのたうち回る様を互いに見たとき、この呪いは本物だと確信した。


 ふたりは呪いを解いてもらおうと頭目(とうもく)の家へ急行した。すると迎えてくれたのは泣き()らした頭目(とうもく)の夫人だった。


「たったいま、天に()されました」


 ふたりは卒倒した。主人の死がそんなにショックだったのかと、夫人は更に泣いた。


 呪いを解いてくれる人がいなくなり悲嘆に暮れるふたりだったが、やがてこの呪いが悪い面ばかりではないことに気づいた。


 以前より殺しが順調に進むようになったのだ。


 人の気配を一層敏感に察知できるようになり、敵の攻撃もまるでスローモーションのように見える。


 そしてふたりはこの呪いが持つ決定的な利点に気づいたのである。サンダンスもブッチも呪いのせいで互いを攻撃できない。


 となると、これほど信頼できる相手はいない。


 以来ふたりは行動と共にするようになった。

 殺しのスタイルや殺しに対する考え方こそ違えども、結果として同じ職業に就いたふたりの境遇は似たようなもので、すぐにうち解けて現在にいたる。


 仕事の依頼を受けるのはブッチの担当である。


 理由は外見がいかにも殺し屋であるところと、もし素性が割れても天涯孤独(てんがいこどく)の身ゆえ親類に後難がふりかかる心配をしなくていいからだ。


 ブッチひとりに危ない橋を渡らせまいと、サンダンスは妻と子を捨てて盗人街にやってきた。そうすればお互い対等の条件になる。


 ブッチは彼の行動を非難したが、サンダンスは自分の問題だからと聞き入れなかった。


 それでもブッチが客との窓口の地位をサンダンスに任せないのは、会ったことのない彼の家族に気をつかっているからである。


「そとが騒がしいな」


 サンダンスのつぶやきにブッチは興味なさそうな顔で「いつもの事じゃないか」と返して葉巻に火をつけた。


「爆音や銃声がやまない。何かあったんじゃないか?」

「あったところでどうでもいいさ。誰が死んでも、なにが壊れても」


 サンダンスは空のグラスにウイスキーを注ぎ、飴色(あめいろ)の液体を眺めながら「まあ、な」と笑った。


 それから1時間ほどウイスキーを(たしな)んでは葉巻を(くゆ)らせつつ馬鹿話に花を咲かせていると、地鳴りのような音が周囲に響いて建物全体がはげしく揺れた。


 さすがにどうでもいいと片付けることはできず、ふたりは通路に出て窓から外を眺めた。


 すると、夕暮れのあかね色から夜の藍色(あいいろ)へと変化しつつある南の空に巨大なキノコ雲が立ち上っているのである。


「なんだ、あれは」


 ブッチがポカンとした顔で言った。



 

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