17 大金差し出し暗殺依頼
裸電球ひとつだけのうす暗い小部屋のなか、新政府軍二等通信兵ユートは、机をはさんで盗人街の有力者「殺し屋ブッチ」と差し向っていた。
場所は盗人街にある旧司令塔最上階の一室。
平面図を見なければ分からない秘密の部屋であり、殺し屋ブッチの事務所である。
「俺のことをどこで知った?」
声がこもって聞こえるのはブッチが額から暖簾のように面布を垂らしているからであり、面布には大きな文字で「壱人萬殺」と書かれている。
巨大な樽を思わせる図体をずんぐりと丸めて椅子にすわり、わきには彼と同サイズのハンマーが双子の弟ように鎮座している。
特徴あふれる外観のブッチだが、彼の着ている薔薇色のつなぎ服はとりわけ異彩を放っており、いま目をとじても瞼の裏に残像がはりついてしばらく消えないほどである。
おそらく盗人街で最も離れた場所に彼がいても、鮮明な赤色が目を惹いて「あ、ブッチだ」と即座に見つけることができるだろう。
「仕事でちょくちょく来てるからね、ここで生活している人と同程度のことは知ってる」
寄託所へ金貨をひき出しに向かう道すがら、新政府の諜報員ディープから聞いた情報だ、などとは当然言わない。
「この街には覚えておくべき重要人物が3人いる」
ユートは指を3つ立てるとひとつずつ折りながら「学者、魔女、殺し屋。そしてあなたは殺し屋ブッチ」と言った。
「それぞれが互いを牽制しつつ、覇権をにぎる方策を見い出せないまま、つかの間と思われた盗人街の平和を今でも継続している」
それに、とユートはつづける。
「あなたが顔を隠しているのは面が割れるのを恐れているからではなく、火傷で醜くなった顔を見られたくないから」
ふむ、と言ってブッチは顎をさすった。その手も顔と同じくケロイドでおおわれている。
「で、盗人街ではそこそこの顔役であり、暗殺、強盗、脅迫、裏の仕事なら何でもござれの俺に何のようかな?」
「ある人を殺していただきたい」
ブッチが「誰を?」と問う間をあたえず、ユートは背嚢から小ぶりな鞄をとり出して口を開き彼のほうへと滑らせた。
ブッチは鞄のなかを確認した。
動じなかったと彼は思っている。少なくともその気配をユートには悟られなかったはず。
しかしブッチの瞳には隠せないほどの驚きが浮かびあがっているのをユートは目ざとく察知した。
最初に莫大な報酬を提示することで依頼を拒否できない心理状態をつくりだすというユートなりの策略は目指す効果を得られたようだ。
「これは新政府が発行した金貨1万枚だ」
ブッチは冷静を装いつつも金貨をチラ見せずにはいられない。
「人数は?」というブッチの問いをつかみかね沈黙するユートに対して、ブッチは苛立ったように「殺す数だよ」と噛みくだいた。
「これだけの報酬を出すんだから、ひとりってことはないだろう」
「ああそういうことか。殺すのはたったひとりだ」
「ひとり、たったひとりにこの報酬なのか?」
「その代り期限は本日いっぱいだ。でもこの街にいるはずだからあんたが殺すのは訳ないと思うけれど」
「じゃあなにか、いまから外に出てそいつの首引っこ抜いてあんたに見せれば金貨1万枚か」
「ま、まあその通りだ」
「誰だ、俺は誰を殺せばいい?」
がっつり喰らいついている。
ユートの期待はいやがうえにも高まり、机のしたで拳をにぎりしめた。
今回はいける。彼は机にゆっくり身をのり出してブッチに顔をちかづけ「屠殺人」と小声で言った。
「それは……」
ブッチはしばらく絶句したあと、なにかに気づいたように背筋をのばして「屠殺人を殺すのか」とわざわざ声にだして言った。
それから背もたれに背中をつけて虚空を見た。
その間、ユートは平素なら女性を口説くときに発揮する持ちまえの弁舌をつかって、依頼をひき受けることの効用を論じたてた。
「屠殺人を殺してくれれば、あとはどうとでもなる。復讐など気にする必要はない。屠殺人も、そいつの主人である学者もクラボットも盗人街と一体の存在だ。彼らが街をはなれることはない」
「いい機会だからこの金貨で首都の住民権を買うのも手だ。あそこは世界が100年前の戦争で失ったあらゆる叡智の形見であり、人が旧時代の生活を営める別天地だ。放射線に侵されていない飲料、伝染病とは無縁の食べ物、偉人たちが残した詩歌や絵画、世界中から移設された歴史的建造物などなど……」
両手を盛んに動かし力説するが、ブッチはろくすっぽ聞いているようすもなく、まるで彼にしか聞こえない声に耳を傾けるようにだんまりを決め込んでいた。
そんな彼を目の当たりにして、ユートのよどみない口調も徐々に勢いを失い、やがて自分の声を聞くために話しているような虚しい気分になって口を閉じた。
顔はうつむき、胸に不安がきざす。
数秒後、ブッチが部屋の沈黙を埋めるように「申し訳ないが」と切りだした。
「あんたの依頼を受けることはできない」
ユートは歯を食いしばった。どうしようまた失敗してしまう。
「理由を聞かせてもらいたい。屠殺人は強すぎるのか?」
「いいや、あの脳たりんとは何度かやりあっている。殺すと学者が厄介だから動かなくなるまでぶん殴って済ませている。もっともあいつの場合は『殺す』じゃなくて『破壊する』がただしい表現かもしれない」
「じゃあ……じゃあなんで!」
「問題はあいつがスローターハウスに籠っていることだ。学者の指示があったときだけ地上に顔をだす。盗人街の地下空間スローターハウスは学者の領土であり、水や食料、電力を供給する動力源が配置してある、いわば街の心臓部だ。だから警備が厳重だ」
「屠殺人を殺すことができないから依頼を断るんじゃなく、屠殺人のいるところまで行くことができないから依頼を断るって、それなんとかならないのか、依頼されれば空き巣だってやるんだろう?」
「むかし、俺より潜入に長けた奴が挑戦したことがある。学者とやらの顔を見てみようって下らない理由でね。俺の知るかぎりスローターハウスから生還したのはそいつだけだが、深夜に立坑に侵入して地下フロアを進んでいると、突然、目のまえに無数の光りが現れたらしい。右の端から左の端までびっしりとだ」
「即座にそれがクラボットの作業用サーチライトだと気づいたそいつは踵をかえして全速力ではしった。そして螺旋階段に立ったとき、すべての階層からサーチライトの光りが何百、何千とのびてスローターハウス全体を真昼のように照らしている様を見たという」
そこでブッチは一息ついてから、
「俺が想像するに、学者の正体は培養槽に浸った脳ミソだけの存在だと思う。いろんな所にこう配線がくっついているやつな」
自分の頭のあちこちを指で突きながら冗談めかしく言ったが、ユートが無反応なのを確認すると咳払いして本題にもどった。
「地下には重要な設備があるが、それを引き算してもあの警備は厳重すぎる。地上で作業しているクラボットとは桁違いの数があそこに配置されている。だから俺には無理だ」
ユートはなおも食い下がるが、ブッチは首を縦に振ろうとしない。
「逆に提案させてもらえば、屠殺人がスローターハウスから出るまで待って、それから殺すというのはどうだ?」
「それじゃ間に合わない。今日中でないと駄目なんだ」
ユートはその後しばらく何事か考えながら、時おりブッチに声をかけようとして躊躇い気味に口を閉じるという仕草をくり返した。
数分後、ユートは縁起の悪そうな顔で席を立ち「失礼する」と言ってちいさな扉をくぐり通路に消えた。
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