16 ボーイミーツガール
頭巾の下から現れたのは、人間の顔を模したマスクをかぶる機械の頭部であった。
複数の動物の皮をぬい合わせたそのマスクは、あらゆる肌色のまだら模様で覆われている。
中心からややうえに横ならびに空いた穴からは歪な球体ガラスに色を塗ったふたつの瞳がまったくの飾りであることを隠すでもなく配置されている。
その下にある鼻にいたっては小さな穴がふたつという記号的配列にとどめており、きわめつけは口である。
人間らしきマスクの下半分を縁だけ残してくり抜いたそれは、大きさからして化け物じみていて、しかもその口から屠殺人の視覚や聴覚をつかさどる機器がはき出されるようにニョキミョキ伸びているものだから、もう完全にスプラッターである。
屠殺人は背中に手をまわし、背負ったランドセルから豚のしっぽをつまみ取ると、鞭をふり下ろすフォームで前方に投げつけた。
アレン大佐めざして滑空する豚はすでに適切な配置を終えたワイルドギース隊員たちの銃弾を浴びて空中で爆発した。
ながれる動作で隊員たちは屠殺人の頭部を撃ちつづけ、怯んだ彼の脚に大佐が擲弾をお見舞いした。
キャロラインは地面にすわり込んだまま、目の前の戦闘を別世界の出来事のように眺めていたが、銃声と爆音に混じって大佐の「逃げろ!」という声が耳にはいり、やっと我に帰った。
そうだ逃げなきゃっ!
フラつきながら立ちあがり、おぼつかない足もとをことさら踏みしめて走りはじめた。
そんな彼女をレンズにとらえた屠殺人が追いかけようとするが、ふたたび脚に擲弾を喰らってたまらず地面に手をついた。
キャロラインは屋台の椅子につまずき、逃げまどう人々にぶつかりつつ、そのたび身体を立てなおして走りつづけ、やがて重厚な壁にゆく手を阻まれた。
旧時代に兵士の居住区として造営されたその構造物はマジョリカの店と同じく対爆用バンカーとしても機能しており、厚い永年コンクリートは百年越えた現在も堅牢であった。
しかも出入口は屠殺人より小さい。絶好の避難場所だが、どの入口もゴミがあふれて入れない。のこされた手段は外階段だけだ。これを上り、たぶん存在しているはずの塔屋から内部に入るしかない。
キャロラインは赤さびの目立つ外階段を上りはじめた。
黙々と足を動かしつづけ、やがて中腹まできたとき、ふと視線を眼下に移すと四つん這いの屠殺人が銃砲火を浴びながらも豚爆弾を闇雲に投げていた。
そのひとつが偶然にも傭兵たちのいる一角をふき飛ばし弾幕に途切れが生じた。
屠殺人はすばやく身体を起こして視線を周囲に巡らし、キャロラインにぴたりと目をとめた。
彼女は背筋が凍る感覚をおぼえた。
カカカカンッ! と靴音を鳴らして必死に階段をかけ上がる。
屋上が見えてきた。
下階へむかう塔屋もあり扉から内部に入れそうだ。
キャロラインに笑顔が浮かんだ。が、それもつかの間、足をのせた階段の数センチ下で豚爆弾が爆発した。
強烈な爆音が聞こえてすぐ世界は無音となり、爆風でふわりと浮いた身体は屋上より高い位置にあった。身体が落下をはじめ、手を屋上の縁に向かって伸ばしたがわずかに届かない。
ついさっきまでの笑顔は、もう泣き顔になっていた。
身体の正面に空気の壁を感じながら、急速に近づいてくる地面を見つつ、キャロラインは幼いころに父から聞いた話を思い出していた。
人は死ぬとまず眩い光に包まれるという、つぎに天から大きな手が伸びてきて死者の身体を掻き抱き、魂だけ両手ですくって天界へつれ帰るのだ。
うすれゆく意識のなか、彼女は運命的な存在に抱きしめられる感覚をおぼえた。
これが神の御手だとして、まばゆい光はどうしたんだろう?
そう疑問したとき、外からの振動が身体をゆらし意識をとり戻した。
どういうわけか死んではおらず、地面に倒れてもいない。
「間に合ってよかった!」
知らない青年の声が降ってきた。
よろこび半分、安堵半分といった声色だった。そこでようやく彼女は自分がその青年に抱きかかえられていることに気づく。
「僕はハネツグ、きみを捜していたんだ」
ハネツグはキャロラインを地面におろすと、もの問いたげな彼女を「待って」と制した。
「話しはあいつを倒してからにしよう」
そう言いおいて、ハネツグは力強い足どりで屠殺人に向かって歩き出した。
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