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15 迫りくる屠殺人

 魔女の店をあとにしたキャロラインは放心状態だった。


 あの彫像が値打ち物だと踏んではいたけれど、金貨100万枚などという途方もない値段がつくとは思ってなかった。


 マジョリカは値段の根拠について丁寧(ていねい)に説明してくれたが、いまひとつピンときていない。


 雑多な雰囲気の通りをあてなく彷徨(さまよ)っているうち、自分が滅多にない幸運をつかんだのだと気づきはじめ、ようやく気持ちが高揚(こうよう)してきた。


 しかし、それは三代先(さんだいさき)まで遊びほうけても余る金額を手に入れたことが理由ではなく、大きな窃盗をなし遂げたことで、裏世界で自分の名声が広がることに舞いあがったのだ。


 あの人が私の存在に気づいてくれる日も近い。


 自然と顔が緩み、歩調も軽やかになった。


 背後から声をかけられたのはその時だった。


 浮かれ気分でふり返るとクラボットが立っていた。


 機械人形にも対話機能があったのかと感心しつつ、腕を組んでクラボットを丹念に眺めた。それからきちんと聞きとれるよう滑舌(かつぜつ)よく言った。


「なにかしら?」

「エナジーコアを渡しなさい」


 キャロラインの顔から笑みが消えた。


 身体がにわかに緊張してあとずさる。クラボットは彼女を追うでもなく、その場に立ったまま頭の円盤を回転させてレンズを代えたり絞ったりしている。


「渡さなければ、あなたは屠殺人(とさつにん)に殺される」

屠殺人(とさつにん)?誰それ、わたし家畜じゃないよ」


屠殺人(とさつにん)はあなたを地の果てまで追いかける」


 10mは離れただろうか。


 いまだ、と頭のなかで叫び身体を(ひるがえ)したとたん、何かに(ひたい)を打ちつけて目のまえに火花が散った。


 その場で派手に尻もちをつき、腰をさすりながら視線をまえに戻したとき、キャロラインの目に奇妙なものがとび込んできた。


 それは恐ろしく巨大な長衣(ちょうい)(すそ)と、その下でこちらを見ている二匹の豚の顔であった。


 慈愛(じあい)あふれる笑みを(たた)え、微動だにしない豚二匹……。


 もしかして、これ、(くつ)なの? 


 突如、上空から豪雨のごとき殺気がふり落ちてきて、咄嗟(とっさ)にあげた視線の先には雲をつくような大男が立っていた。


 まるでその人物にあっては三次元が極端に強調されたと錯覚するほどの大伽藍(だいがらん)が、眼下でへたり込むキャロラインにむかって禍々(まがまが)しい物体をふり下ろそうとしている。


 尻もちをついたまま手足をメチャクチャに動かして背後に逃げてすぐ、はげしい地響きがあって周囲に砂が舞い上がった。


 すこし前まで彼女がいた場所には動物の頭部があった。


 今度は牛だった。


 だらしなく開いた口から舌がだらりと()れ、眼球が落ちそうなほど見開かれた目はあらぬ方向を見ている。


 首から先は脊髄(せきずい)だけが伸びていて、それわ岩石のようなふたつの手がガッシリ掴んでいる。


 キャロラインは確信した。


 目の前にいるのが屠殺人(とさつにん)だ。


 もしこいつが屠殺人(とさつにん)じゃないなら、本物の屠殺人(とさつにん)は彼に名前を(ゆず)るべきだと思うほどに屠殺人(とさつにん)だ。


 キャロラインはスラッシャー映画のヒロインさながらの悲鳴をあげ、立ち上がるのもそこそこに身体を(ひね)って駆けだした。


 だが(あせ)る気持ちに身体がついてゆけず、数歩走っただけで足がもつれて地面に胴体着陸した。


 刹那(せつな)、身体のすこし上を風切る速さで何かが飛んでいった。


 顔をあげたとき、彼女は急速に遠ざかってゆく豚の尻を見た。豚は地面と平行に飛んで、彼女の逃走ルートの延長線上に立つクラボットの腹を直撃した。


 クラボットの腹に顔を押しつけたまま豚は飛行をつづけ、騒ぎで集まりはじめた人々を水しぶきのように弾いてゆく。


 呆気(あっけ)にとられる間もなく、大きな破裂音が聞こえたかと思うと、つぎの瞬間、見物客の背後にそびえる煉瓦(れんが)づくりの建物が土煙(つちけむり)をあげて崩壊してゆく。


「オズ博士!」


 屠殺人の悲痛な叫びが聞こえた。


「きさま、よくもオズ博士をっ!」


 身体の各部は正確に駆動しているものの、全体としてはかなり(いびつ)な動きで屠殺人はキャロラインに迫った。


 手には鎖のついた鉄球のように脊髄(せきずい)のついた牛の頭部を持ち、それをぶんぶんふり回している。


 クラボットがふき飛んだ原因はどう考えても屠殺人にある。また彼はクラボットと一緒にオズ博士も死んだと思っているが、彼はスローターハウスでぴんぴんしている。


 くわえて言うなら、博士の死に激昂(げきこう)している屠殺人の頭からは、すでにエナジーコアを強奪するという本来の任務はきれいに抜けおちている。

 

 愚鈍(ぐどん)さゆえの怪力と粘り強さをもつ傑物(けつぶつ)、それが屠殺人である。


「やい、化け物!」


 どこからか聞こえた罵声(ばせい)に屠殺人は敏感に反応した。二匹の豚を地面にめり込ませる勢いで急停止し、声のした方を見た。


 「俺は、化け物じゃ……」と言ったあたりで屠殺人の胸元で爆発がおこり彼はおおきくのけ反った。


 遠巻きに(あお)りたてていた群衆も爆発でパニックになり蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げてゆく。


 そんななか、キャロラインは2発目の擲弾(てきだん)をロケットに装填している男性を見つけ、それがマジョリカの傭兵アレン大佐だと気づいた。


 屠殺人は数歩後退して体制を立なおした。


 擲弾(てきだん)が命中した胸元は長衣がふき飛び、数種類の金属と動物の皮がデタラメにつなぎ合わされた皮膚らしきものが露出している。


「俺はっ!」と屠殺人はふたたび叫んで頭巾(ずきん)をうしろにはねた。


「おれはっ! 人間だあああーーーーーっ!!」

読んでいただいてありがとうございます。

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