12 食べ続けなければ死ぬ呪い
ハネツグは女神像を盗んだ女の子を捜すため盗人街に来たのだが、学者の好意を無下にもできず、ズルズル状況に流されてる。
「どこまで下りればいいの?」
「あとひとつ下のフロアだよ。そこに私がいる。光栄に思ってほしい。私が人前に姿をあらわすなんて滅多にない」
クラボットは頭部だけ背後に回転させハネツグを見ながら語り、そのあいだも身体は階段を下りつづける。
「着いたら食事をごちそうしよう。地上にない料理がたくさんあるから期待していい。とくに肉料理は種類が豊富でね」
何層目だろうか。やっとクラボットは階段からフロアへ移動した。地下フロアは永年コンクリートで囲まれていて、照明はうす暗く空気はひんやりしている。
どこかから機械の駆動音が聞こえ、それに合わせて床が微動しているのが靴底から感じられた。微かにオイルと赤錆のにおいがする。
天井の電球が投げかける弱い光りに導かれるように歩いていると、やがて前方にひときわ明るい空間を見た。
「待っていたよ」
声の主は明るい空間のなかにいた。
そこには細長いテーブルがあり、あふれんばかりの料理が置かれている。
長いテーブルの一方の端に男性がひとり座っていて、ハネツグに向かってフォークを持つ手を小さく振った。
白衣を纏ったひどく細身の中年男性だった。顔などは骸骨に皮を張ったように骨格が浮かび、目の下は落ちくぼんで顔色は蝋みたいに白い。
死ぬ一歩手前の人間に見えた。病気だろうか。
「さあ、座って」
彼はテーブルの端を視線で示し、ハネツグは席についた。
「私の名前はオズ、地上の人たちは私のことを学者なんて呼ぶ。たぶん盗人街に必要なインフラを、ひとり知恵をしぼって維持しているからだろう。もっとも地下生活が永いせいで私の存在自体を疑う人もいるらしいが」
オズ博士は自嘲気味に笑った。
「さあ、ハネツグ。クラボットを救ってくれたお礼だ。じゃんじゃん食べてくれ」
鳥の丸焼き、骨付きのスペアリブ、魚のフライにボイルした甲殻類の数々。竹の籠にあふれんばかりのブドウやリンゴ、バナナにキウイ。大皿に山と盛られたパスタが数種類。
どれも美味しそうに見え、香りもまた食欲をそそるが、盗人たちが豚に食べられている様が浮かんできて一気に食べる気が萎えた。
とはいえ口にしないのも心苦しいので、舌が受けつけそうなものはないかテーブルを丹念に眺めていると、サラダボールの横になぜかクラボットの頭部が置いてあった。
不思議に思ってよく見みるとこの頭部、なにか変だ。
まず首の切断面から下に向かってクラボットの手が生えており、その手が3本の指を器用に動かすことで頭が転がることを回避している。
加えて天頂部からも手が上向きに生えていて、となりにあるサラダにドレッシングをかけている。
「ああ、それは給仕用に私がつくったのだ。命じれば遠くの料理も運んでくれる」
「じゃあ、そのサラダを」
頭だけのクラボットは天頂部の手をのばして皿を一枚引きよせトングでテキパキとサラダを盛りつけてから皿を持ちあげた。
すると今度は首の下から生えた手が指を脚のように動かしてハネツグのまえに皿を置いた。
奇妙というほかない。
ぽつぽつ食べるハネツグとは対照的にオズ博士は止まることなく料理を口に運んでいる。彼の前にはみるみるカラの皿が重なってゆき、時おり暗闇からクラボットが現れると皿を交換して闇のなかへ消えてゆく。
その食いっぷりにハネツグが食事の手を止めて見とれていると、視線に気づいたオズ博士がふと顔をあげて目が合った。
ハネツグは気まずくなって皿に目を落とした。
「いや、なんか、おいしそうに食べているなって」
いい訳っぽいけど本当のことだった。
「私はね、食べつづけないと死んでしまうのだ」
オズ博士は頬をふくらませながら言った。もちろん冗談だろうとハネツグは笑顔でオズを見た。
「嘘だと思うだろうが、本当のことだ」
博士が真剣な表情で言ったから、これは真面目な話なのだと気づき、ハネツグは笑顔を自重した。
「昔はそんなことなかったのだが、ある日突然、猛烈な飢餓感に襲われてね、それ以来、常になにかを口に入れていないと空腹で動けなくなってしまう」
「それって病気みたいなものですか」
「身体はいたって健康だよ。だからこれは……」
オズ博士はナプキンで口元をぬぐった。
「呪いみたいなものだと私は思っている」
学者らしからぬ解釈だと思った。
「私は友人とふたりでこの街をつくった。瓦礫の山だった救世軍基地『タイコンデロガ』の地下格納庫でクラボットの残骸を発見したとき、これらをつかって人の生活に必要な設備をそなえた街をつくろうと思いたった。それから現在にいたるまで私たちは街の発展に心血を注いでいる」
「僕は辺境で育ったから詳しくわからないけれど、これほど大きな街は世界にそうはないと思います」
「ああ、機会がゆるせば私の知りえる技術を提供して、ほかの街の発展に協力することもやぶさかでないが、身体がこんなだからそれもままならない」
オズ博士はふたたび食事に集中した。そのとき、とある疑問がハナツグの頭をよぎった。
「クラボットって旧時代に人類と戦った人造人間のことですか?」
「いやちがう、クラボットは人々の生活をサポートする汎用機械だ。最終戦争では武装してキルボットと名を変え人類の端末兵器として機能した」
「たしか最終戦争で人類に敵対した人造人間も昔は人類に使役されていたとか」
「人造人間は外宇宙で過酷な労働に従事するためつくられた。ゆえに目のまえの問題を理解したうえで分析し、どうすれば解決できるか自ら思考するよう設計された。その思考がやがて自我を創造してしまい、挙句、人類に弓引く存在になるとは、当時はだれも予想していなかった」
ところで、とオズ博士はポテトをワインでながし込んでから言った。
「ハネツグはどうしてこんな物騒な街にきたのかな?」
ハネツグはサラダを口に入れながら「人捜しです」と答えた。
「昨日、僕の家に泥棒が入ったんです。だから盗まれた物をとり返そうと思って、あと泥棒も捕まえたい」
それは、と博士は同情めいた声で言った。
「難儀なミッションだな。盗人街で盗人を見つけるなんて、砂漠からお目当ての砂粒を見つけるようなものだ」
「顔は覚えています」
「きみもこの街の賑わいを見ただろう。ここはほかの街より人が多い、おまけに出入りもはげしい。きみの追っている泥棒が盗品を売るためにこの街にきた可能性は高いけれど、すでに金貨に変えて街を出てる可能性だってある。わたしが泥棒ならそうする」
ハネツグはオズ博士の説明に納得してしまい、しょんぼり肩を落とした。
女神像をとり戻せない落胆も原因だが、意中の女の子に再会できないことに言いようのない喪失感をおぼえていた。
みるみるしおれてゆくハネツグを見て博士は慌てた。
「あ、いや、絶対見つけられないわけじゃない」
急いで言い繕ってから、
「こう見えても私は盗人街でけっこう名の知れた存在でね。君の助けになれると思う。たとえば泥棒の特徴を教えてくれればクラボットを街に放って捜すこともできるし、盗品についても街で手広く商売している知り合いがいて、魔女と呼ばれる女性なのだが、彼女に渡りをつけてあげることもできる」
「手伝ってくれるんですか?」
オズ博士がうなずくとハネツグの顔は一気に明るんだ。
「ではまず、盗まれた物の特徴を教えてくれるかい」
「はい、盗まれたのは僕の家で奉っている女神像でして…」
そこまで言ったとき、オズ博士は手をさっと上げてつづきを制した。
彼の視線は照明の光りがとどかない闇に向いていた。
「どうしておまえがここいる?」
博士は闇に問いかけた。ハネツグと話しているときとはちがう凄みのある声だった。
「急いでお伝えしたいことがあります」
闇から聞こえたのは抑揚のない女性の声だった。
「わかった、言え」とオズは咀嚼しながら報告を待った。
コツコツとハイヒールの音をひびかせて闇からひとりの女性が姿をあらわした。
水色のロングドレスに白いエプロンをつけたメイド衣装に身をつつみ、しずかに輝く銀髪の下には真っ白でととのった顔があった。
女性はおおきな瞳を眠そうに半分だけ開けてオズ博士のかたわらまで歩をすすめた。博士はナイフとフォークをとめて、「彼女には秘密の仕事を任していてね」とハネツグ告げたあと、さあ言えとばかりに彼女を見あげた。
「エナジーコアを発見しました」
学者を描いてみました。↓
https://privatter.me/page/69d122101210f




