11 1日だけ待ってちょうだい
これはいくらふっかけても払いそうな展開だとキャロラインは思った。
だとしても物差しとなる価格すら分からないのでは具体的な金額を提示するのは難しい。
なのでマジョリカからヒントをもらおうとした。
「エナジーコアに定価とかあるの?」
「ありません。そもそも値段がつかない代物なのです」
どこまでも誠実なマジョリカであった。
こうなったらしょうがない、とりあえず高額と思える額として金貨100枚を提示しようと、キャロラインは緊張気味に口をひらいた。
「金貨、ひゃく……」
「100万枚ですね!払いましょう!」
マジョリカは引き台から売買契約書をとり出した。
慣れた手つきで必要事項を書き込むと、契約書をくるりと回してキャロラインにサインを求めた。
どうしよう、金貨100枚と言うはずだったのに、その1万倍である金貨100万枚で契約が成立してしまった。
キャロラインはまったく予想してなかった展開で途方もない金額が懐に入るという状況に頭がついてゆけず、内側から恐怖が沸きおこるのを感じた。
ほとんど泣きそうになっていた。
「キャロラインにお願いがあります」
マジョリカは切りだした。
「こういう取引の場合、あ、こういう取引っていうのはつまり、とおり一遍のお客さまが物を売りにきた場合ってことだけれど、即金が原則となっています。あなたも即金がいいですか?」
キャロラインは何度もうなずいた。
教会の鬼婆が追いかけてくる想像がいまも頭から離れず、はやく女神像を売って遠くへおさらばしたかった。
「店の金庫に100万枚もの金貨はないのです」
どういうことかと不満を言おうとしたキャロラインにむかってマジョリカはほそい腕をのばして人さし指をたてた。
「1日、それだけ時間を頂戴。そうすれば首都にある銀行で不足分を工面することができます」
「そんな短時間でとおい首都から金貨をもってくるなんて無理よ」
「普通の人ならそうでしょう。でもわたくしはちがう」
陸路だと休みなしで走りつづけてもでも片道3日はかかる距離である。しかしガンシップを使えば1日で往復可能だ。
さっきの男性にガンシップを売却しなくてよかった。商売というのは何がどう転ぶかわからない。
マジョリカはアレン大佐をちかくに呼ぶと金貨の輸送を指示してから「信用してます」と最期に言い添えた。
「おれが行こう」
マジョリカが小さく首をふる。
「わたくしの警護はどうするのです?」
「イソルダ曹長をつける。あいつなら戦闘能力も判断能力も俺に引けをとらない」
「わたくし、あの娘きらいです」
アレン大佐は困ったように首を擦った。
「わかった、ほかの奴に行かせる」
マジョリカは満足気にうなずいた。
「それじゃあキャロライン。ここに署名してください」
契約書の署名欄を指でとんとん叩いた。
「ちょ、ちょっと!わたし待つなんて言ってないんだけど!」
キャロラインが嚙みついた絶妙のタイミングを見はからって、マジョリカは彼女の手首をつかみ自分に引きよせ、そして手のひらにずしりと重い袋をのせた。
「これは1日待たせるお詫び、金貨が100枚入っています。もちろん代金とは別です。これで問題ありませんね」
キャロラインは巾着の重みにゴクリと唾をのんだ。
マジョリカの申し出を拒否する気は失せていた。そもそも彼女は女神像を金貨100枚で売ろうとしていたのだから。
「わかった売る。でもエナジーコアは金貨100万枚とひき換えだから。それまで私が持ってる」
「いいでしょう」
キャロラインは席に座りなおした。そして契約書に大人しく署名した。
「これで売買契約は成立しました。いいですか、エナジーコアをほかの人に売ってはいけませんよ。すでに金貨100万枚の所有権があなたに移動したのと同様、エナジーコアの所有権はわたくしに移動したのですから」
「わかってるよ、そんなの」
「で、これからキャロラインはどうするのですか?街に一泊するなら宿を手配します」
「お断りする。居場所が割れてるってどうも不安だから」
「殊勝な心がけですが、くれぐれもエナジーコアを盗まれないようにしてください。なにせここは盗人街、もしも盗まれたら対価の支払いは当然無効。さきほど渡した金貨も返してもらいます」
「わかってる、何から何までわかってるって」
ものすごく心配だったが、これ以上キャロラインにあれこれ指示する立場にない。
今日はこれで終了とばかりに立ちあがって彼女と握手した。
「お客さまがお帰りですよ」
扉のほうを見るとメイドがいない。
いつも顧客を店の入口からマジョリカの部屋まで案内し、商談中は彼女に情報を提供するため扉のそばにいるはずの彼女がいない。
マジョリカはアレン大佐に歩みよりメイドの行方を訊いた。
「すこしまえに部屋を出て行ったが」
エナジーコアの興奮で気づかなかった。
「仕方ありません。キャロラインを出口まで案内していただけますか」
アレン大佐は快諾して、マジョリカの傍らをとおりキャロラインに近づいた。
すれ違いざま、マジョリカは「尾行してくだい」と声をひそめて言った。アレン大佐こたいさはさりげなく頷くとキャロラインのよこに立ち扉へと促した。
ふたりが部屋を出ていったあと、部屋にひとり残されたマジョリカは椅子に深く身を埋めた。
いつもなら心地よい静寂につつまれるはずなのに、普段は耳にとどかない窓の向こうの喧噪や壁かけ時計の秒針の音まではっきり聞こえる。
神経が過敏になっている。
理由はエナジーコアかと自らに問うたけどそうじゃない。
メイドはどこへ行ったのか、だった。
蓋を開ければ大したことない理由だろうと意識的に疑問をふり払ってみたものの、頭の片隅には言いようのない不安がなおも居座りつづけていた。
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