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船の上の兄弟の話

 ここは地図で見ると諸島と呼ばれるところだ。大小の島々が連なっている。プレートが衝突し、盛り合った部分が海面に姿を現している。その中でも最大の島に私は来たのだ。島の中央には山が連なっており、南の温められた風が当たる南方と、北の冷たい風が当たる北方に分断されており、海沿いに車を走らせるか、山脈の隙間を縫うように走る道での行き来しか出来ない。波も強く当たるので多くは断崖絶壁になっていて、一部に砂が滞留して浜辺になっている。小舟が浜に上げられており、早朝に漁に出ていく。狭い範囲しか穏やかでないため、海水浴をする人は少ない。一方で島で一番大きな湾が存在する。元々火口だったのではないかと思われる円形の湾が広がり、港が形成され、縁取るように市場や住宅がひしめいている。湾内は結構水深があるので、外からの船はこの湾内に停泊し、荷物や旅客を降ろしている。それでも天候が悪いと湾の外に出れないので欠航したり、沖で停泊しチャンスを伺う大型船が見られる。

 その昔は島の中心で暮らす民族が、北と南に分かれて住んでおり、加えて湾を中心に暮らす別な民族で分裂していた。島の中心の民族は島自体を崇めるが、湾に住む民族は海を崇めた。交流はあったが争いもあったらしい。森の中には当時の争いで亡くなった人々の骨が今も埋まっているため、森の土地を掘り返すことは禁忌とされている。幾度も争ったが、島も海も同じ一つの存在であるとされてから争いは減り、車も通れる道が出来たことで距離が縮まり、混血することで一つの家族となった。家族とは彼らにとって特別なものなのだ。


 島の外から更に移民が来たことで文化も変容した。車もそうだが、衛星を経由したテレビも一部では観られ、スーパーや学校もある。電気も水道もあるものの、停電や水が出ないことはたまにある。でも同郷の人々が頑張ってくれたお陰でインフラの完成度は意外に高い。それでも各自でテレビを持たないのは島の文化なのだろう。海外の音楽なども当たり前のように流れていて、ジャズやロック、ブルースがほとんどで、移民色の強いエリアでは各国の音楽が聴ける。ただクラシックは聞いたことがないので、子守歌にしか思ってないのだろう。実際、私もオーケストラを聞きに行って、睡眠不足であったとはいえ、ほとんど寝ていたことがある。実に心地よかった。冷房の効いた室内で流れる壮大な音の渦が心も体も揺り動かしてくれるから最高によく眠られる。その時は家族と聴いたのだが飽きられてしまった。多分デートで聴きに行くことは絶対にないだろう。

 放課後の学校では軽音楽部の演奏が聞こえ、ロックやポップスであろう曲が聞こえてくる。バスドラムの音圧が遠くまで聞こえてきて汗臭い青春を思い出す。部活で汗を流しているときはいつも吹奏楽部の吹く管楽器がバックグラウンドミュージックだった。私も音楽の方が好きだったのだが、吹奏楽は女子ばかりと言われ、揶揄われるのが嫌でスポーツ系に所属していた。後悔の一つだ。吹奏楽に入っていればもっと音楽の理解を深められただろうし、スポーツのような爽やかな汗と、もしかしたら彼女が居たかもしれないのだ。もしかしたら男子がやらされるであろう巨大な楽器を与えられ、男で固まって隅で練習しているだけで終わったかもしれないが。


 仕事で学校の周辺の清掃や見回りをしているのだが、そんなことを夢想しながら無心で雑草を刈っていると、雇用主から娘さんの学校時代を話してくれた。彼女は合唱部と演劇部を合わせたような部に所属しており、催し物で度々歌っていたが、所属する他の子たちより上手かったんだ、と自慢げだった。いいじゃないか。どんな子だったのか妄想が捗る。お昼も会ったが仕事に戻るときに、頑張ってね、なんて言われてしまったこともあり、自分の中の彼女は勝手に株を上げまくっていた。お昼も母親と一緒に作ってくれたものだし、付き合ってもいないのに自分の中ではまるで新婚のようだ。

 そんな妄想に浸っていると、エレキギターの爆音が現実に引き戻した。音を歪ませただけの遊びのようだった。音楽じゃない、魂を揺さぶる、興奮と抑え込んだ本能を解き放とうとするような叫び。拙いが、そういうのから始めたい、という自己表現。夢心地とは遠いものだが、若い、青臭い、良い音だった。

 雇用主も同じように揺さぶられたのだろう、こんな話をし始めた。それはとある兄弟の話。




 波が高く湾に入れない船が沖に停泊していた。たまに金持ちが乗るような豪華客船が寄港することがある。その大きな客船の上では様々なイベント、パーティーが催されていた。既に夜だが船の上は明るく、誰も寝ようとしていない。そのような船を海面から複数の生き物が頭を覗かせて様子を見ている。


 船に乗っているのは大学卒業を目前にした男性。良い大学を出て、船は卒業パーティーも兼ねていて、同級生も沢山乗っていた。

 彼には兄がいる。ロックミュージシャンを夢見て地元を飛び出して音楽で食べていたし、実際にライブとかをしていた。でもそんな生活は底辺のような感じで、酒を飲み、まるでアル中のようだった。そんな兄を両親は見放したが、弟は尊敬していたし、ライブにも足を運んだ。でも連絡が取れないので近況知れずという状態だった。


 兄弟は船の上で再開する。弟は卒業パーティーのためだが、兄は船上でライブするため。片方は正装し、片方はヨレヨレのジーンズにカウボーイが被るようなボロボロの帽子を被っていた。見た目のそれはかつて知るのとは違うが、それでも弟は兄に気が付く。


 弟は同時に開催されている他校のパーティー知り合った評判の美人にくぎ付けだった。彼女と仲良くなりたい。そんなことを兄に漏らし、どんな人か兄に聞く。兄はライブで訪れた際に会っているからだ。実際、船上ライブを依頼したのは彼女らしい。


 ”映画で一番最初に死にそうなやつだ”と返す兄。それを聞いて動揺する弟。”なにそれ”と一笑にしようとしたところ、後ろから白い、緑の模様をした生き物に飲み込まれた。


 兄は冷静だった。口笛一つ吹いて、飲み込まれる弟を見ている。次の瞬間、彼は置いてあった、ハムバッカーのPUを載せたベースギターを掴むと縞々の生き物の眉間に叩き込んだ。ものすごいスピードで遠慮なく何度もたたき込む。ついに生き物の眉間が割れて、緑色の体液が飛び散り、グッタリとした。その割れ目に兄は手を突っ込むと、同じく緑色の体液でドロドロになった弟を引っ張り出した。


 弟は何が起きているか分からなかった。ただ、兄は昔から頼りになった。周りは何と言おうと、兄は強く、優しかった。でも、一度でもタガが外れると人間と思えない力を振るった。重たいベースギターのネックが折れていたが、それを片手で、異常な力で振るったのだ。そんな兄の力を地元の人々は恐れた。だから兄は出ていったが、彼は人にそれを振るうことはなかった。本気を出したら人が死んでいる。

 弟は朦朧としながら思い出し、兄に感謝する。でも敵は一体ではない。船に乗り込んだ生き物たちを兄弟は力を合わせて撃退していくことになった。兄は力で、弟は頭で。兄弟は阿鼻叫喚の船の上で縞々を叩き潰して回った。実に多くの人を助けて回ったが、終ぞ弟の想い人は見つからなかった。


 彼女を最後に見たのは、縞々の生き物に襲われて、他の人を押しのけて一番に逃げ出した姿だったらしい。

 ”一番最初に食われたんだろ”と兄が言う。”そうかもしれない”と弟が笑う。

 ”どんな美人も化け物のクソになれば他と変わりはしない。もっといい女探せよ”


 湾内に入って助けを呼ぼうと船が動き出すと生き物達は一斉に海に戻っていった。

 様々なもので汚れたダンスホールで、まだ空いてないビールを見つけると兄弟は乾杯して一気に飲み干した。




 オチはどこですか、と思わず聞いてしまったが、こういう話なんだよ、とだけ返された。酒に酔って聞けば面白い話なのかもしれないが、草やら枝やらを伐っているのでは、ただビールが飲みたくなる話だ。今日は家でビール飲んでいけ、娘はジャズも上手いから。途端に未来のロックギタリストの爆音が福音のように聞こえ、彼女の歌う姿と冷えたビールが待ち遠しくなるのだった。


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