自分の生き方を自分で決める話
外から派手なエンジン音が聞こえてくる。それは徐々に近づいてきて、大音量でかかるラジオからはポップスが聞こえてきた。そんな車と縁遠いと思っていたが、意外と近くで停まったため、窓から覗くと、やはり期待を裏切らない、髭、長髪、サングラス、ハワイアンシャツを着た男が車から降りてくるところだった。
部屋から出ると、家主も騒がしいやつが帰ってきたと言ったが、顔はそれほど迷惑そうではないことから悪い人ではなさそうだ。皆で会いに行くことになり近所の家に向かうと彼が大きな声で母親と話していた。新しい住人である私を紹介してくると、彼は嬉しそうに近付いてハグしてくれた。サングラスを外した眼はとても綺麗で、とても楽しそうで、どんな物事でも楽しんでしまう人特有の輝きがあった。元気で早口に歓迎の言葉を投げかけられ少し気後れしてしまったが、直ぐに彼のことが好きになってしまった。
広いリビングに招かれ胡坐をかいて座ると、彼も目の前に座ってビールを勧めてくれた。ありがたく頂くと、彼の母親も軽食を出してくれ、軽い宴会が始まった。彼はかなり若くして島を出て、島外の学校で学んだ経験があるらしい。当時は島でも秀才と知られ、学校の推薦で一人島を離れていたのだ。当時は医者になることを望まれていたようだが、どうしてこんな格好で車を乗り回し、雰囲気は完全に不労者のそれである様になったのか気にはなる。とは言え聞きづらいことだな、と思っていたが、意外とサラリと話してくれた。
お前、島の外で大学院までやったのかよ、すげぇな。
俺はよ、寮に入ってたんだが、朝から晩まで缶詰されて、知らねぇ国の社会や国語の授業を受けてたよ。
同じような奴らが教室にずっと座って黙々と勉強しているんだぜ。
挙句、滅茶苦茶難しいテストを受けて、何が書いてあるかさっぱりな俺は戸惑うしかなかったよ。
そんな感じで一週間以上テストが続いたんだけどよ、その間ずっと同じ服なんだぜ、信じられるか?
着替えはあるけどよ、狭い部屋に何人も泊ってて、クローゼットは皆の服で一杯だった。
俺は制服と合わせて三着しかないのに、一人が大量に持ち込んでてよ、周りからも文句がすげぇ出たなんてこともあったな。
そんな生活が続いて、ついに我慢できなくなって車に乗って逃げ出したんだ。
取り合えず遠くに行きたくてさ、高速乗ったんだが、ふと、脇道があることに気付いたんだ。
気付いたらその道に向かってハンドル切ってた。
その道はすっげぇ急な坂道で、ペダルべた踏みで登っていった。視界を邪魔する樹木もなくて、見えるのは舗装されてない道と青い空だった。
結構登ったなと思ったら広い台地に出たんだ。そして、ラジオからご機嫌な音楽が流れだしたんだよ。
最高だった。
その後も台地の上をずっと車でグルグル回ったんだ。
確かに学校は悪くなかった。閉塞感はあるが安心感もあった。離れがたい空間に居続けたい、って気持ちも確かにあった。
でもその時は、早い流れに身を任せるのではなく、別な、とても登れると思えない道のりを一人でドンドン登っていく、大変かもしれない生き方をしてみたいと思ったんだ。
そんで疲れたらよ、少し足を止めてラジオでも聞きながら、その瞬間を楽しむ。
そうしたかったんだ。
ずっと同じ服か。制服に慣れた自分にはない感覚だ。彼はそのまま身を任せて頑張っていれば、皆が望むような仕事を得ていたのかもしれない。だが彼は自分の生き方を選んだ。島に戻ったときの人々の落胆は想像できる。彼はそれを振り切るように今のような生き方をしているのかもしれない。そして周囲もそれを感じている。彼は今も戦っているのだろう。実際、地元から離れたところで事業を始めて順調であるらしい。でなければ派手な車に乗ってることはできないだろうし、よく見るとサングラスもブランド品だ。おそらく彼は大変な生き方をしてみて、疲れたらドライブして、また仕事に戻るといった生活を実践しているのだ。
私はずっと親の金で大学に行き、院まで行って、この島には研究も含めて訪れている。このような活動も先輩たちの経験から学んで実践しているだけで、自分自身で一からチャレンジしようとしたことはない。この島に来たこと自体は大冒険ではある。だが、社会で生きていくために、自分で選択し、自分で行動する、ということがどれだけ大変なことなのかは島に来てから学んだ。他の人たちも、複雑ではあろうが、彼をリスペクトしているのは分かる。私に一緒に働かないかと聞いてきたが、私には仕事が既にあるし、研究もあるので大丈夫だ、と言うと残念だと笑った。生き方は一つじゃない、他の生き方したくなったら相談しろよ、と言って名刺をくれた。
仕事を失い絶望して苦しむ人もいると聞く。でも自分の生き方は自分で決めるもので、歩いていた道が途絶えたとしても、それで終わりではない。他の道に行きたくなったから行ってみるくらいの気軽さで、彼みたいな生き方が出来たら、それはとても楽しいのだろう。私もたまにはいつもと違う道を選んで帰ってみるか、と思った。




