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家探し

 私が島に来て最初に始めたことは住居探しだった。新築なんてないし、賃貸アパートもない。地元では家族が集まって暮らしており、一人暮らしする男なんていないようだった。成人した男性も家業に加わり一台の車に、荷台も使って、ガタガタ音を鳴らしながら現場に向かうのをよく見た。事情があって一人になったとしても、遠い親戚や近所の家族が迎え入れる。一族は隣接する家々に住んでおり、互いにサポートし合っている。島の生活では男性が事故で亡くなることもあるが、多くの場合が再婚し、新しい父親は自分の子供で無かったとしても優しく接する。昔から一族の子供たちの面倒を見てきているから違和感なく我が子として迎えられるらしい。私が育ったところは核家族であったので、自分より小さい子供と会うのは友達の弟や妹くらいだった。そうであれば自分の子供でなければ暴力を振るうなんてこともあると思うが、この島ではそのような事件は全く起きないらしい。海や森といった島が自分たちの親で、そこで生まれた者同士、皆家族ということらしい。果たして私はどうか。生まれも育ちも異なるところから来た異分子だ。受け入れてくれるだろうか、と緊張しながら住む場所を探し始めた訳だ。


 この島に来たのは文化、風習も含めて興味を持ったからであり、できれば彼らの生活の近くに寄りたい。彼らの中に入り込み、彼らと同じものを食べ、同じ仕事をし、同じように季節の移ろいを感じたい。最初に仲良くなった老人は、とても良い人なのだが、珍しく一人で家に住んでおり、家族は犬だけだ。その中で暮らすのも悪くないが、一方で島の文化は感じられないと思われたし、当の本人も世捨て人のような自分と暮らすより他の家族と暮らした方が面白いだろう、と言っていた。遊びに来れば喜んで迎えるよ、とあの笑顔で言ってくれたのは大変嬉しかった。

 彼の紹介でいくつかの家族と会うことが出来た。同郷人だけの家族、同郷とネイティブの混血した家族、ネイティブだけの家族。段階的に住処が森に近付いていくのが興味深い。家や店舗が密集するエリアから、周辺が空き地のあるエリア、そして森の近くの家が密集するエリア。家の距離がそのまま一族の距離になっている。そして警戒心も徐々に緩くなりおおらかな性格に変わっていく。より暖かく迎え入れてくれるようになるのは嬉しいのだが、近すぎるとも思ってしまった。私はいつかは島を出ていくつもりだ。ネイティブはどちらかと言えば私を、私の血を、取り込もうとしているように思えた。丁度良い塩梅の混血家族にお世話になることにした。

 彼らは快く受け入れ、近所の、とはいえ親族が大半だが、人々に軽く紹介して回り、翌日に仕事探しに連れて行ってくれることになった。顔つきも若干私たちに近いのが安心できるのも不思議だ。そして混血は美人に見えるのも面白い。自分に遠い遺伝子を持ち、でも雰囲気は似ているためだろうか。紹介してくれた中にいたお嬢さんに対し心惹かれるものがあった。いつか去るのだ、深入りはいけない、と思っているが逆らえない本能。大学出たての若造の心臓は簡単に軽快なテンポのビートを刻み始め、息詰まって上擦った声が出ていたのではないだろうか。周りの大人も何か気付いたのだろう、婿を探しているよ、と冗談めいた口調で話してくれた。そして、明日仕事を紹介してくれるのは彼女の父親になった。憶測外れて囲われ始めているのを感じながら、今更断ることも出来ず翌日を迎えたのだった。


 迎えてくれた家族はきちんとした6畳ほどの部屋を与えてくれ、朝も起こしにきてくれた。朝と言っても日が昇る前の時間帯。朝食はなく ――ここでは一日二食文化なので起きたらまず働くのだ―― 早々に着替えて彼女の眠るであろう家に向かった。ほんのりと空は明るいが家々は暗い。まるで夜這いか逢引きだなと思いながら向かう。この島に夜這い文化があるのだろうかと疑問が頭をもたげる。そう言えば老人が下品な伝承が多いとか言ってたな。テレビもない島の暮らしでの娯楽はスポーツか伝承の類なのだろうが、子供の寝静まった時間に大人が集まって下品な話を語り合う。酒が進みそうで面白そうじゃないか。誘われたら是非行ってみたいものだ。

 家に着くと既に仕事の準備が始まっていた。私の初めての仕事は森の境界のメンテナンスだった。人が侵食するための伐採ではなく、侵食してくる自然を除去する仕事。内容は幅広く、牧場の柵が壊れていたら直すし、入り込んだ獣が居たら罠を仕掛け、植物を刈り、虫を駆除する。都会暮らしの私に出来る仕事だろうか。郷に入れば郷に従え。普通は虫も怖がる私も雰囲気に呑まれて気にならない、というか気にしていたら負け、なので大分勇敢になっていた。いける。

 そう思っていた時がありました。早速、作り始めた直後の蜂の巣の駆除を体験し、見たこともない虫が飛び掛かる中の藪の伐採をしていると恐怖で声を上げ続けることになった。なにせ見たこともない虫たちだ。安全なのか危険なのかも分からない。彼女の父親に都度聞きながらおっかなびっくり作業をする。こんな情けない姿を父親に見られるのだ。もし彼女と良い感じになっても断れるだろう。格好つけるどころか島の外から来た情けない男と認定された初日が終わった。家まで送ってもらったのだが、肩を落とす私に、また明日も同じ時間に来てくれ、と言われて別れた。彼女は遠のいたが仕事は得られそうだ。

 家に入ると仕事の調子について早速質問攻めにあった。なにせ娯楽がない。根掘り葉掘り聞かれ、大いに笑われた。苦笑いを隠せない私に対しても容赦ない。でもその日の夕飯は美味しかった。お昼は向こうの家で頂き、夕方は家に戻って食べる。最初は給料がないので振舞ってくれるが、いつまでも穀潰しではいられない。一生懸命働くしかないのだ。ここでは皆が一生懸命だ。日が昇っている間にどれだけのことができるか。夜は寝るだけだから、故郷と比べて自分の時間なんて無く、限られた時間で己の信頼を得て社会的地位を築かなくてはならない。

 まるで虫だな。ふと思った。自分が今朝駆除した虫たちも、限られた人生の中で出来ることを出来る限りやっていたのだ。それを他所から来た者たちに台無しにされる。堪ったものではない。減った寿命は戻らない。私のやったことが原因で、彼らは何も残せず、何も果たせず死んでいったとしたら。部屋の隅に張ったクモの巣も放置してあげよう。彼らに罪もないし害もないのだから(後に少々の毒があることを知った)。今日も一日を終えた。彼らより随分と体の大きい虫が布団に包まって眠る。明日もまた様々な仕事をし、可愛い彼女に現を抜かし、飯を食って、寝る。合間に聞いた様々な伝承を、確認する余裕もなくありのままに受け入れ、書き留めていくくらいが私のできる最大の抵抗だ。寝るぞ、と気合を入れて目を閉じたが、お昼に寄ったときに彼女と楽しく話せたな、また明日も会えるのか、とうつらうつらしながら思い浮かべる。島が彼女の夢と私の夢を繋いでくれたなら、この長い夜も素敵な時間になるだろうに。おやすみ。

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