港町のタバコ
その日は港の方で荷揚げがあると聞き、車に乗せてもらった。
この島では食品も服なども含め島の外からの輸送に頼っている。島内だと伝統的な日用品や服などになってしまい、もちろんネイティブは着ているが、島外からの移住者は皆モダンな服装を着ている。テレビもあるので、海外のスポーツ中継などを観戦して騒いでいる人たちも多い。
私は地元の酒より、ビールやワインなどの島外から持ち込まれたお酒の方が好きなので、海が荒れて荷物が届かない日が続くとどうすれば良いかと思い、ストックすることを本気で悩んでいた。この間の老人も冷蔵庫にビールを大量に入れていた。自然の中で飲むハーフボトルのビールは、その冷えた瓶の口が唇に当たる瞬間から、中の炭酸の効いた液体が口と喉に流れ込む瞬間まで、感動的なまでに美味しい。風は寒くても、焚火の熱と喉を伝う刺激は、どんな季節でも旨い。それが味わえない期間が出来るのは人生最高の瞬間を失ったことに等しいとまで思う。なんとしても避けたい事態だ。そう考える人々は多く、輸入される品の中で酒の占める割合は少なくない。港に着くと船からコンテナが降ろされているが、酒じゃないコンテナはどれだけだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると地元の人々ともすれ違う。島の中心とまた違った服装だし、実際食生活も異なる。島の中心に鮮魚は少なく、あっても川魚が中心だ。一方で港町では魚介が豊富で漁師から直接買っている客も多い。潮の臭いもそうだが独特の体臭がする。髪も潮風でボサボサだ。顔の皺も深く、若いのだと思うが、一瞥すると年配の方に見える。
海鮮を食べることになり地元の小料理店に入った。エビのフリットとか、タイを塩ゆでして柑橘を絞ったシンプルな味付けが特徴だ。流石に生で食べる風習はないのが寂しい。店の中には外では嗅げない独特の香りがあることに気付いた。タバコのようだが、よく考えると良く知る銘柄を吸っている人が居ないことに気付いた。今まで見た人たちは手巻きタバコのようなものを吸っていた。甘い香りというわけでもなく、ミントのような爽やかさもなさそうだ。もしかしたら中毒性のあるものかもしれないと思い、案内してくれた同郷の仲間に聞いてみた。やはり島の葉っぱを使った伝統的なタバコであるらしい。一応、麻薬ではないらしい。吸っている男性に勇気を出して話しかけると喜んで話してくれた。そのタバコは良いことをしているものには普通のタバコだが、悪いことをしているものには、煙と共に体に入り込んだ精霊が苦痛を与えるらしい。こんな話をしてくれた。
ある男がいた。歳は30くらい。30人くらいで徒党を組んで船で交易をやっていた。少々悪いこともしていたらしい。彼らは個性的な性格の集まりで、互いが協力的であるわけではない。見た目はギャングのようだが、陽気で、歌ったり踊ったり。地元では知らぬものはいないくらいの人気者で、よく港近くの酒場で飲んでいたらしい。彼には弟分がいて、身長の差があったので凸凹コンビでより目立ったそうな。でも大層な振舞いをする割りに内心は意外に小心者。島の成人の儀式を乗り越えるくらいなので、普通の人よりは運動神経は高いが逃げ足が速いくらいで、他の仲間の方が優れてたらしい。とはいえ、仲間との実力に大きな差はないため、徒党を組んでいても誰も文句ない程度の身体能力だった。ある朝、弟分が語るには、兄はこう言っていたらしい。
仲間の女性と良い雰囲気になり、ある日デートに出かけた。美人揃いの中でも特別美人な女性から言い寄られて彼は随分ご機嫌だったらしい。酒を飲み、いつものように惚れ惚れする歌声を披露しながら夜風の中を二人で歩いていた。気が付くと彼は仲間の女性たちに囲まれていた。彼は随分と気が緩んでいたし、脇では美女が体を支えてくれていた。女性たちが近づいてくる。彼は益々興奮した。全員を抱きしめようと腕を大きく開く。そして女性たちはその腕に飛び込んできた。冷たい刃を持って。そして彼は死んだ。
彼は地面に寝ていた。自分が死ぬことに気付いたのは酔いが少し冷めたからだ。なぜ自分は殺されたのか。彼はぼんやりとした頭で考える。思いつくことは一つ。仲間の一人を殺したことだ。このことは誰にも話してないしバレてないはずだ。誰も自分が殺したことに気付いている奴はいない。そんな自信があった。彼は目覚めた。いつもの自室の風景。体に傷はない。
彼は弟分の元にいき夢で見た話をした。兄貴分の仰々しい説明と助命の嘆願に圧され、渋々と件の女性について調べ始めた。彼女には他にパートナーが居たし、清楚でもなんでもない。見た目も派手で男遊びも多そうな雰囲気だ。それを伝えるが兄は仲間を集め始めた。そして仲間と共に女性を襲おうとコンテナ置き場に呼び出したが、追い詰めたはずが囲まれていた。いつもの仲間たちが集団で襲ってきた。彼らの連携は見事で、次々と集めた仲間が殺されていく。弟も殺され、兄も追い詰められ殺された。彼は地面に倒れながら、なぜ殺されなければならないか考えたが分からない。やはり思い当たるのは仲間を殺したことだけ。バレているとは思っていない。そして再び目を覚ます。いつもの寝室。
今度は件の女性だけでなく、他の女性たちも警戒し始めた。いつもの仲間から信頼できる奴を誘って一緒に調べ始めた。すると彼女は他の男と会っている場面に鉢合わせた。知らない男に見える。親し気でデートのようだ。それを追跡していくが気付かれて逃げることになった。ところが二人は想像以上に強く、あっさりと仲間諸共殺されてしまった。そして再び目を覚ます。
どうにも彼女が中心にいると隙がない。かくなる上はと周囲の仲間を削ることにした。いつも仕事を一緒にやる家族のような仲間たち。その中でも派閥のようなものはあり、自分と仲の良い者たち以外は彼女に与しているように思える。一人ずつ殺していく。仲間たちも最初は乗り気ではなかったが、一度手を付けると引き返せなくなり協力的になってきた。集団で一人ずつ。兄の帯びる熱や神経質な言動に戸惑いながらも弟は見捨てられず付いていく。
今度こそ件の女性だけを追い詰めることが出来た。勝ち誇るように騒ぐ兄。女性が睨みつけていると男が現れた。いや、男に見える何かだった。ただ見覚えはあるし、女も驚いた顔をしていた。兄はそれを見て驚き、恐怖に顔を引き攣らせた。そして倒れて動かなくなった。その日は風が強く、男に見えたものは森から飛んできた葉だった。島特有の巨大な葉。人の様にも見える古より森に生い茂るそれだ。それが倒れた兄の体に、地面に押し付けるように、覆い被さった。
兄は死んでいた。兄の最後の言葉は行方不明になったままの仲間の名前だった。そして弟も女も仲間たちも、咄嗟にその人物を同時に思い出していた。女は行方不明の男と付き合っていた。ずっと探していたらしい。仲間にも協力してもらい見つけ出そうとしていた。後に、森に捨てられた遺体が見つかった。身に着けたものから行方不明の人物であることが判明した。犯人は見つからなかったが、おそらく精霊の体を借りて復讐に来たのだろう、と言われている。兄貴分は仲間を殺した首謀者として裁かれ、協力した者たちもそれぞれが罰を受けた。この島には独自の法があり、罰を受けたものは許される。だが罪は消えず、タバコを吸って、いつか来る精霊の裁きを待つのだそうだ。
タバコは森の巨大な葉を乾燥させたものを巻いて作るらしい。各自が精霊の許しを請いながら、または精霊への感謝を込めて、一つ一つ巻く。そして自分を試すように火を点け、その煙を体に入れる。何度も殺されては目覚める夢を見続けた兄貴分は、このタバコを日常的に吸っていたらしい。悪いことをし、それを森に隠したことを森は許さず、散々に苦しめて心臓麻痺による死を与えたと言われている。森は、この島は、常に我々を観ている。悪いことはしないことだ。もし思い当たることがあるならタバコを巻いて吸ってみると良い。生かされたなら島が生きることを許したのだ。そう男は言って席に戻っていった。彼の背は高く痩せていた。その痩せた背中はどこか重たいものを背負っているように思えた。彼はどのような思いでタバコを吸っているのだろうか。そして、彼の周りの人々は何を許してほしくて吸っているのだろうか。
死因はタバコの吸い過ぎじゃないかな、と思いつつ、久々の海の幸を食べて店を出た。酒は好きだがタバコは吸わないものの愛煙家らから聞いた話を思い出す。タバコを吸うと、吸わない時がマイナスで、吸ってアベレージ、美味しいものを食べてから吸うと最高。彼らも今、とても最高な気分なのだろう。しかも聞く限り幻覚作用もありそうだ。とてもじゃないが吸いたいとは思えない。でも、自分が最後の時を迎える直前になったら、過去の罪を思い出しながら一本吸ってみるのは有りかもしれない。そのときに見る光景が恐怖か平穏か。自分の総括が行われるなんて面白そうじゃないか。
車で島の中心を走る。ところどころ凸凹した道は、古い車では結構揺れる。タバコの件を運転くれている案内人に話ししていると、彼は苦笑いをして聞いていた。あの話は伝承でもなんでもなく、割と最近あった事件なんだ、と言った。そしてあの時生き延びて罰を受けた人の中には突然死した人がいるらしい。精霊の裁きは島にいる者は全員怖いんだよ、と誰にも聞こえないような消え入る声で囁いた。まるで誰かに聞かれているかのように。突然、周囲の森の影が車窓の揺れるたびに、胸の奥がざわつくのを感じた。不敬であったかもしれない。申し訳ない気持ちに座席に体を沈み込ませながら森に許しを請うのだった。




