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夜の見張りの話

 その日、私は仕事を終えて、雇用主の車の助手席に乗り帰路についていた。まだ日は明るいが、街灯のない道を暗闇の中でひた走るのは、通常より時間が長く感じ、まるで出口のないトンネルを車のヘッドライトだけで走る感覚になる。闇が飲み込んでくるような恐怖すら感じる。そうなる前に島の人々は自宅に帰る。自分の住むエリアまで戻ると家々の明かりがあるので恐怖も和らぐが、森に囲まれた空き地のようなエリアとエリアを繋ぐ道は異世界の入り口のようだ。それもあって外食する際は、同じエリアで済ますか、自宅に帰らず親戚の家に上げてもらうのだ。

 夕日が眩しい。反射して自分の顔がフロントガラスに映り込む。この島に来て随分と日焼けした。体つきも良くなり、最初は重たくて持てなかった仕事道具も扱えるようになった。島の生活にも馴染み、家主の一家とも雇用主の一家とも、同郷の人々のコミュニティでも昔からいたかのように接してもらえて気疲れすることもない。よい日々が続いていた。

 車が我々の住むエリアに入ると、妙な騒ぎが起きていることに気付いた。滅多にないことなので直ぐに分かる。車のまま近づき、窓を開けてその中の一人に聞くと、納屋の中にとても恐ろしい獣が入り込んだのだ、と言った。各自で猟銃を持ち寄って出てくるのを見張っているのだそうだ。いつでも反応できるようにしてか、机や椅子まで持ち出して男たちが座っていた。雇用主は一旦家に帰ることにしたようだ。私も家に帰るように言われ、その日は素直に帰った。

 その夜、遠くでは騒ぎは続いていた。ただ賑やかでもあるので酒を飲んでいるのだろうか。家主は関わらないように、と釘を刺してきたので、分かってます、と伝えて部屋に戻った。私は猟銃なんて持ってないし、撃ったこともない。一応、森の中から危険な動物が出てきたときのために雇用主が散弾銃を毎日荷台に乗せていることは知っていた。だが撃ったことはないし、撃っている人を見たことがない。本当にそんな危険な動物がいるのだろうか。そもそも危険な獣がいる、という割に酒を飲んだりして騒いでいるのが不思議に思える。明日も仕事があるのだ、寝よう、と布団に包まり耳を塞いで眠った。


 次の日、仕事のために雇用主の家に向かうと、娘さんが済まなそうに出てきた。父親が明け方まで見張りに出ていて先ほど帰って寝てしまったというのだ。仕事の予定があるのに明け方までいたのか、と驚いたが娘さんも同じようだった。今回は私が一緒に手伝います、と言うので私が運転し、助手席に彼女が乗ることになった。場所は知っているし、道具なども全部把握しているので、慣れた手つきで準備できた。今日の現場も知っているので慌てることもない。帰りに雇用主が飲んだ帰りは私が運転するので道も知っている。

 走り出すと、今朝の父親の様子や、何があったのかを娘さんが話してくれた。




 銃を持って男たちが見張る納屋の周りに向かうと、机の上には酒があり、銃を手放す者もいなかったが、妙な緊張感があった。

 納屋の影に獣が居るとはいえ、変に覗き込んで反撃に合うのも怖いから遠巻きに見守りつつ、いつでも引き金が引けるようにしていた。

 日が沈み、灯りを用意したが、納屋の影はより大きくなり、何がいるのかも分からぬまま、でも家族を守る一心で目を離せなかった。

 緊張感に耐え兼ねた者たちが酒を用意し振舞い始めた。

 最初こそ、そんな場合ではないと思ったのだが、皆が恐れもせずに堂々と酒を飲んでいるのを見ると、ひとり怖がっているのを悟られたくない気持ちが強くなった。

 酒を飲み、酔いが回り、あちこちで雑談も始まるが、誰一人納屋から目を離さない。

 会話中も散弾銃を抱えたままだ。

 随分と時間が経ったが、日は昇らず、納屋の影は口を開けて誰かが様子を見に来るのを待ち構えているようだった。

 集まった皆が動けなかった。椅子に腰かけたまま、欠伸もせず、酒も止めず、どんどん目の前がクラクラしてくる。

 でも、誰一人席を立たず、帰りもせず、かといって納屋の中を覗く者もいない。

 もしかしたら獣なんていないのかもしれない、と思ったが、それを言うと自分が確認することになるし、臆病者と言われる気がした。

 やっと動いたのは日が昇り始め、辺りが青くなった時だ。

 朝は冷え込む。

 耐え兼ねて、一人、また一人と立ち上がり始めた。

 各自、銃を持ち、銃口を納屋に向けながら囲うように移動し始めた。

 少しずつ納屋の奥が見えてくる。

 一晩かけて納屋の奥の方が確認できる角度まで進んだのは、その時が初めてだった。

 全員で取り囲み、少しずつ近づき、ついに奥が見えた。

 そこには何もいなかった。




 寒さと疲れで顔が真っ青の父親を迎えた母娘は、昨晩の残りのスープを温めて飲ませたら布団に父を運んだ。そして今に至る。父親として夫として家族を守ろうとしたのだから馬鹿にはできない。ただ、真面目な父がそんなことをしたことが驚いたのだ、と話してくれた。

 日が道を照らし、ヘッドライトもあって夜の森の恐怖は特に感じない。見えないものに恐怖し、近づくのを避け、目を逸らしたいのは自己防衛反応だ。これを臆病と呼ぶ者がいるとするなら愚か者であろう。この自然の中で生きていくことの大変さを物語っていた。

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