海底の二人の少女の話
この島は観光業も営んでいる。島一番の湾は非常に大きく海底も深く、湾の外の荒れた海を乗り越えれば、大きな客船すら錨を下して、そこから小舟で海沿いの街に観光客が訪れる。桟橋は荷物を降ろす船のための場所であり、一般客の宿泊できる場所はないため、金持ちが乗るような船に寝泊まりし、小舟で島のアクティビティに乗り出すのが一般的だ。
そのような観光客向けの仕事をしている人々もいる。湾内の美しい海にダイブしたい人たちを乗せるサービスで稼いでいる船長が今日の話し相手だった。彼は家主の親戚で、海の男らしく日焼けし、体格がよく、お酒もグイグイ飲む豪快な人だった。饒舌になった彼はかつて乗せた男性客の話をしてくれた。
船に上がった直後、その男は心落ち着かない様子だった。確かに女性が海に落ちるのを見たんだ。彼は周囲に言い続けていた。岸を歩いていた女性が足を滑らせたようにも、唐突に足元を失ったようにも見えた。その女性は、まるで海に呼ばれたように、一歩、また一歩と海へ向かい、次の瞬間、音もなく“スッ”と消えた。水しぶきも、落下の気配もなかった。違和感を強く覚えた彼は船上からその瞬間を見ていた。大急ぎで助けようと海に飛び込んだが、そこには女性の姿はなく、海底に沈む少女の死体を二つ見た、と言うのだ。
この島の海は切り立った断崖のようになっている。岸から垂直に岩肌が海底に続き、そこから砂浜が続いている。その彼の慌てように、急いで仲間の船を呼び、問題のエリアを調べ始めた。だが、飛び込んだ女性の姿はなく、また海底の少女の姿も見られなかった。そんなものはない、と彼に伝えても、彼はそんなはずはないと騒ぎ続けていた。
彼は薬物でもやっていたのだろうか、と確認したがそうではないらしい。ただ、彼は島に来て、島のタバコを興味本位で吸ったのだそうだ。後に落ち着いた彼に、街のシャーマンでもある老婆が体調を診ると同時に、直近何があったか聞いたそうだ。
彼は直近、長く付き合っていた女性と疎遠になり、その直後に意図せず違う彼女と付き合い始めたばかりだった。新しい彼女との未来のために仕事に精を出して、結婚を間近に一緒にこの島に遊びに来たらしい。そんな彼を島が諭したのだろう、とシャーマンは言った。
彼は過去を清算できていない、未練を残しつつ、新しい彼女と歩もうとした。そのままだと二人とも失ってしまう。引きずり込まれる女性は、このままでは不幸に落ちる新しい彼女を、海底の少女は傷付けまいとする二人の女性の純真、二人との関係を美しいまま留めようとする彼の身勝手な行動そのものであると諭した。このことを彼女に明かすべきかと彼はシャーマンに聞いたが、明かさなくて良い、戻ったらちゃんと過去を清算すれば良いだけだ、と伝えたそうだ。
そこまで言って、酒に酔って上機嫌の船長は彼に献杯して一気に煽った。島は二人を祝福したかったのだろう、彼らが幸せになるにはどうすべきかを教えたかっただけなのだ。故郷に戻った彼が過去を清算したのかは分からない。清算していれば幸福であろうし、でなければ今頃彼は孤独に苦しんでいるだろう。
にしては随分と気味の悪い形で諭してくるんだな。悪趣味な島の嗜好には辟易するが、二人の未来が明るいものであることを祈って、私も酒盃を掲げるのだった。




