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ニセモノカゾクと赤い嘘  作者: 咲翔


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9/9

9.家族だから

「琥太郎……!」


 お願い、間に合って。

 琥太郎が誰かを殺してしまう前に。

 それか、信じたくはないけれど仕事に失敗して返り討ちにされてしまう前に。


 花は、ただそれだけを念じて走った。


 薄雲のかかった星空の下。電灯の眩しい駅前のビルが見えてくる。


(――あそこだ!)


 二十階ほどのビル。一階は郵便局、そのほかのフロアは小さなオフィスやレンタルスペースになっていたはずだ。――殺し屋としては、どこに行きやすい、というかどこで仕事をするものなのだろうか。


「分からないわね……とりあえず屋上、かしら」


 勝手なイメージだが、屋上から地上を銃で狙ったり、その屋上で大バトルをしていそうというのがあった。完全に憶測の域であり、それはおそらく無意識に漫画や本から受けてしまっている影響だろう。しかし、今はゆっくり考えている時間は無い。


 非常階段を見つける。花は、それを一気に駆け上がることにした。


「っ、はあ、はあ」


 二十階を舐めてはいけなかった。すぐにでも立ち止まって休憩がしたかった。それでも今は先を急ぐ。


「……琥太郎!」


 何度だって、その名を呼ぶ。

 花は彼のことを何も知らない。

 一緒に暮らし始めてからまだ数日だ。

 それでも――彼には殺しをしてほしくない。

 何よりも、彼にあんな怖い目をしてほしくない。


「お願いだから……間に合って!」


 階段を上り切った。


 バンッ!


 花は屋上へ続く扉を乱暴に開け放つ。


「琥太郎!」


 花が名を呼ぶのと、


「動くな!」


 彼の声が響くのが同時だった。


「動けば撃つ――って、え、お前!?」


 疲れ果てた花は顔を上げる。その目に映ったのは、こちらに拳銃の銃口を向けながらも驚いた顔をしている神木琥太郎――その人であった。


「なんで、ここに……」


 戸惑いを隠せない琥太郎。そんな彼に向かって、花は残りの力を振り絞って叫ぶ。


「琥太郎! 殺し屋の仕事、やめようよ!」

「……は?」


 案の定、彼は顔をしかめた。


「どうして急に……」

「私、あなたに……琥太郎に、危険な目に遭ってほしくないの! それに琥太郎には、いつも私と話してくれるときの優しい琥太郎でいてほしい! あなたのこと全然知らないのに、わかってないのに、勝手にこんなこと言ってごめんなさい……!」


 でも、と花は琥太郎の目をしっかりと見据える。


「私はあなたに、心優しい神木琥太郎でいてほしいの。これからも、ずっと、この先も、いつでも」

 

「……そんなこと、なんでお前に言われなきゃいけないんだよ、花。俺はお前のなんだっていうんだよ」


「家族だよ!」


 花はそう、はっきりと言った。


「家族……」

「そうだよ。やよいさんの言う通り、私たちは家族になったんだ。私も最初は一緒に暮らしただけで家族なんて呼べないと思ったし、もう死んだ両親は全然私に関心がなかったから、家族がどんなものかも、どんなにいいものかも分からなかった。

 でも、この数日だけでも、私は琥太郎ややよいさんと過ごして変わったの。

 二人のことを、大事だと思った。大切な存在になったの!」


 言葉にすると、恥ずかしいし、逃げ出したくなる。けれど、これが本音だ。


「家族って、大事な人のことを言うんだよ。だから私からしたら、琥太郎は立派な家族。だから、危険な場所にいてほしくないんだ」


 最後に、一言。


「一緒に帰ろう、琥太郎。やよいさんも待ってるよ」


「……花」


 琥太郎が拳銃を力なく降ろした、その瞬間だった。


 パチパチパチパチ――乾いた拍手。


「いやぁ、お見事だよ、花。ちゃんと伝えられたじゃないか」


 花と琥太郎は揃って声のする方に目を向けた。


「やよいさん!?」

「魔女!」


 そう、二人の視線の先には魔女のような大きな帽子を被った女――宮月やよいが立っていたのである。

 駅前ビルの屋上で向かい合う三人。


「やよいさんも……来たんですか?」


 花の質問には答えず、やよいは不適に笑いながら琥太郎の方をじっと見ていた。その視線に疑問を感じていた彼であったが、やがてあることに気がついたようだった。


「……これはお前の仕業か、魔女」


 琥太郎がコートのポケットから取り出したのは、真っ赤な封筒。その中身を彼は広げて見せる。


『コードネーム:飛

 日向駅前第三ビル 屋上 二十一時 全身黒ずくめのコートの男』


「……これって」


 メモのような、封筒と同じ赤色をした紙。それを手にした花は琥太郎に目を向けた。


「あたかも殺しの仕事のメモに見えるだろ。俺の仕事はメールで入るときと、口伝えやこういう紙みたいなアナログ媒体で入るとき、どちらもあるんだ」


「つまり、やよいさんはこれを書いて琥太郎をココに呼び出して……私が駆けつけるところまでお見通しだったってこと?」

「癪だがそういうことなんだろう」


 琥太郎は舌打ちをしながらやよいに尋ねた。


「おい、魔女。この『全身黒ずくめのコートの男』って俺のことだろ? どういう意味だ」

「そのまんまの意味さ、あたしからのメッセージだねぇ。今日、ここで殺しなってことさ――殺し屋の飛をね」

「……俺が、普通の人間に戻れるとでも?」

「なーに」


 怪訝そうに言う琥太郎に向かって、やよいはニカッと笑って見せる。


「魔女のあたしから見たら、どんな人間もちゃんとした人間さ」

「……なるほどな」


 琥太郎は花の手から偽物の任務書をかっさらい、両の手でビリビリに破いた。


「俺は魔女の真っ赤な嘘任務に踊らされて、殺し屋を辞めさせるための罠にはまったってわけか」

「ああ、その通り」


 やよいは高らかにそう言った。


「何事も疑え、だよ。単純な弟くん?」


「……てめぇ」


 揚げ足を取るようなやよいの言葉に、琥太郎は青筋を立てる。しかしすぐそばからこちらを見てくる視線に気づき、つっかかるのはやめにした。


「……なんだよ、花」

「琥太郎……」


 花は無意識に琥太郎の手を取っていた。


「ごめんなさい……でも、ありがとう」

「……ああ」


 優しく、微笑む。


「一旦、お前の言う通りやめてみることにするよ。ありがとうな、家族って言ってくれて」


 そう言うと、花の目に薄っすらと涙が溜まったのが見えた。年頃の女に泣かれるのは面倒だ。琥太郎は腕を伸ばし、ヒョイと花を抱きかかえる。


「泣くなよ。今から帰るからじっとしてろ」

「な、泣かないよ……! それより帰るって、このまま!? お、お姫様抱っこだよ!?」


 自分で言っていて恥ずかしくなったらしい。暗闇でも分かるくらい顔が赤くなっていた。


「……恥ずかしがるなよ、さっき叫んでた内容のほうが明らかに恥ずかしいだろ」


 たった数日一緒に暮らした男に対して、家族だから危ない目に遭ってほしくない。だから殺し屋やめてくれ――そんな子どもみたいな真っ直ぐすぎる花の思い。

 ガキみたいだと思った。なんでこんなことを口に出して言えるのだと思った。

 花がどんな過去を歩んできたのか、琥太郎だって知らない。それでも彼女の歪みない、まっすぐな言葉は琥太郎の心に届いた。


 その願いを叶えたいと、思ってしまった。


「殺し屋もさ、案外悪いことばかりじゃないんだぜ」


 琥太郎は花を抱きかかえながら、屋上の端の方へ向かう。


「こ、琥太郎……何を?」

「何をって、帰るんだ」


 ――その瞬間、琥太郎は飛んだ。


 ひらり、ひらり、と柵を乗り越え、あっという間に隣のビルの屋上へと飛び移る。


「え、え? 空、飛んでるみたい……」


「裏の仕事をするようになってから身についたスキルだ。コードネーム『飛』、この名前はここから来たんだ」


 ――まあ、一旦やめたからもうどうでもいいけどな。


 そう呟いて、琥太郎は花の目を見る。そのまなざしは優しく――あたたかい。


「琥太郎、すごいね。ありがとう」

「おう。しっかりつかまっておけよ」


 琥太郎はそのまま、家のある方角へ向かって屋根伝いに飛んでいく。そんな彼の後ろ姿を、やよいは屋上から見送っていた。


「……殺し屋『飛』一旦休業、か」


 目を細める。


「あんたの中にある殺し屋の血は中々消えてくれないだろうよ……ただ、花が居る間だけは」


 あの心優しい、少女が「家族」である限りは。


「普通の兄であってやれよ、琥太郎」


 やよいは、踵を返した。先ほど上ってきた非常階段へと戻る。


 ――さあ、帰ろう。


「あたしたちの家にさ」


 ◇◆◇


 奇妙な共同生活が始まってから五日目の夜。


 花と琥太郎とやよい、怪しくて歪な――それでもあたたかい、ニセモノカゾクの物語が。

 またひとつ、紡がれていく。


(了)

最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。

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