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ニセモノカゾクと赤い嘘  作者: 咲翔


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5.嬉し涙

 その後、やよいは花と琥太郎を家の二階へ通した。

「ここが琥太郎の、向こうが花の部屋。一番奥の階段から遠い部屋があたしの部屋さ」


 花に案内された部屋は、これまた普通の寝室であった。ベッドが壁際に置いてあり、その反対側の壁沿いには勉強机が置いてある。


「花は学生だからね、必要かと思って中古屋で買ってきたんだ。もしかしたら傷とかあるかもしれないけど、たぶん売られてるくらいだから普通に使えるはずさ」


 やよいは机を指し示しながら、そう言ってのけた。しかし花は驚きを隠せない。


「……あの、私がやよいさんと初めて連絡を取り合ったのって、二週間前ですよね」

「そうだったかな」

「はい……そのときから、もう既にその、か、家族になろうっていうのを決めていて……私のために買ってくれていたってことですか? 勉強机だけじゃなくて、ほかの家具も」


 前の家の家具は全部売るか処分するかしてしまったから、バイトをしてお金を貯めるまではベッドは無しで寝袋で寝ようとさえ思っていた。それに勉強机など、前の家にはなかった。親が買ってくれなかったのだ――花が欲しいとねだったわけでもなかったが。


「まあ、そうだね。中には元々持ってた家具やもらいものもあるけどねぇ」


 やよいは遠い目で頷く。花は気づくと、そんな彼女に向かって頭を下げていた。


「……ありがとうございます」

「花、どうしたんだい急に」

「だって、こんなに、私のために何かをしてもらったのって……初めてなんです」


 花は、なんだか不思議な心地だった――悲しくないのに泣きたくなるような、そんな、不思議な。


「嬉しいんです。嬉しいのに、なんだか涙が出てきそうで。どうしてですかね、なんでだろう」

「……花」


 やよいが優しく、花の名前を呼んだ。


「人はね、嬉しくても泣くんだよ。そんなに喜んでもらえたんだったら、あたしも準備して――それに家族になる提案をしてよかったと思う。ありがとうね」

「……はい、ありがとうございます」


 涙を流すのなんて、いつぶりだろう。花はいつの間にか頬を伝っていた一筋の滴を袖で拭った。

 やよいは、ただその様子を温かいまなざしで見つめていた。


 ◇◆◇


 やよいが部屋を出て行ったあと、花は段ボールを運び込み、荷物を出し始めた。今着ている制服は脱ぎ、ハンガーにかける。そして服をまとめた段ボールの中から、シンプルなトレーナーとジーンズを取り出して着替えた。

 薄手の冬物だが、今日のような寒い春の日にはピッタリである。


「えーっと、これはクローゼットに……」


 服を持って、壁にあるクローゼットを開ける。中には洋服ダンスと、ハンガー掛けのツッパリ棒が用意されていた。


「すごい、大きなタンス」


 持ってきた服を詰めてみるが三段ある引き出しのうち、花の持っている服の量ではその半分も埋めることができない。

(まあ、大は小を兼ねる、だからね。入らないなんてことがなくてよかった――)

 

 花がクローゼットを閉じようとしたその瞬間だった。


「服に興味がないのか、それか親に大事にしてもらっていなかったのか。どちらかだな」

「え!?」


 声のした方を花が見る。すると、いつ忍び込んだのか、ベッドの横の壁に琥太郎がもたれかかってこちらを見ていた。


「な……いつの間に!?」

「お前がクローゼットを開けたころからだ。片付け終わらせて一階に降りようとでも思ったら、ノロマなやつがまだ荷物を散らかしていたからな。様子を見に来たんだ」


 琥太郎はそう言って、深く息をついた。その顔は笑っておらず、ただ冷徹なまなざしで花のことを見てくる。


「……だからって、ことわりもせずに女子の部屋に入るのは、やめた方がいいと思うけど」


 クローゼットを開けたころから、というと、花がタンスに衣類をしまうのも見られていた可能性がある。下着やらなんやらも見られていたかと思うと、恥ずかしい。


「てか、えーっと、神木、くん?」

「くん付けはやめろ」

「神木……いや、でも年上だしな。お兄ちゃん?」

「がちかよ、それも無理」


 花がふざけてそう言うと、琥太郎は初めて笑った。


「でも、やよいさんは家族だって言ってたよ。今日から私たちは」

「だからって兄呼びはどうなんだよ、せめて下の名前がいい」

「琥太郎」

「うん」


 今の琥太郎は、先ほどやよいに凶器を突き付けていた琥太郎とは別人格のような気がした。花はほんの少し心の扉を開けながら、琥太郎に話しかける。


「じゃあさ、琥太郎。なんで家族になる提案オッケーしたの、さっき。まるでやよいさんをこ、殺す勢いだったのに」


 殺すなんて言葉、普段の生活で使うことなどないからか、実際に口に出すとなんだか言いづらく感じる。

 花の質問を聞いた琥太郎は、しばらく黙ってから、やがて口を開いた。


「俺たちの世界では不要な殺しは忌み嫌われる。だから殺さなかった。

 それに、あの魔女に部屋借りるためっていって事前に金払ってたしな。もし殺したら金は戻ってこないし、事故物件になったここでお前と暮らすのも問題だしな」

「そういうもんなんだ」

「……まぁ、な」


 琥太郎は歯切れ悪く言い、頭に手をやった。


「正直、俺もなんでこの提案を呑んだのか分からないんだ。普通の生活なんてできるはずないのにな。こんな寄せ集め、というか赤の他人同士で」


 琥太郎の言葉に、花は改めて思い知らされたような気がした。

 そう、花も琥太郎もやよいも、何の関係もない「他人同士」――。


「やよいさんは、なんで家族が欲しかったんだろう」


 魔女である正体を隠したいから、と言っていたが――あれは冗談だとしても、この提案は確かに花と琥太郎にとっても利益はあった。


「……というか、なんで私たちを家族に選んだんだろう。っていう方が正しいか」


 花は琥太郎を見た。彼もまた、この疑問は感じていたらしい。しかしなんの答えも出すことができないのは、二人とも同じであった。


「さあな。いずれあの魔女のこともわかってくんじゃねーか」


 琥太郎の呟きが、静かに虚空に溶けていった。

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