4.殺し屋
琥太郎はやよいから目を逸らし、吐き捨てるように言った。
「その様子だと、すべて調べはついてるんだろ」
やよいは首を傾げる。
「さあ、魔女は万能だけど人が考えていることまでは当てられないからねぇ。まあ、花への紹介もかねて琥太郎のこともあたしが勝手にしゃべっておこうか」
やよいは、そのまま暗記した事項を読み上げるように続けた。
「神木琥太郎、十九歳という若き殺し屋。最近、親に勘当されて暮らせる場所を探していた。コードネームは『飛』――最近の裏社会では少しずつ聞かれるようになってきている名前らしいじゃないか。そしてその由来は」
「動くな」
琥太郎の低い声が部屋に響く。いつの間にか彼の右手には鋭利なキリのような道具が握られていた。その先端はやよいの首筋――頸動脈のあるあたりに、ぴったりと当てられている。
「へえ、暗器を隠し持っていたとは。さすが、ぬかりがないね」
やよいが至近距離にある琥太郎の目を見ながら言う。
「……ちょ、やめてくださいよ」
花は今にもやよいのことを殺しそうな琥太郎に、おびえながらそう声を掛けた。しかし琥太郎はそれを無視して、やよいに問う。
「訳アリ女子高生と、殺し屋の俺と、怪しすぎるお前。この三人で疑似家族を作るという提案。お前の言いたいことはそれで間違いないのか?」
「ないねぇ。その通りだよ」
「その目的はなんだ? 世の中をたばかるため、そしてそのあとは?」
やよいは、今自分が死の危険にさらされていることなどものともしない口調で答えた。
「それだけだよ。お互い行き場もなく、隠したいことがある。それを見せないために一緒に暮らして逃げ場所を作って、助け合っていこうじゃないかって話だよ。家族になることは手段じゃない、そのあと何かあるってわけでもないのさ。『家族』は目的なんだよ」
琥太郎はそれを聞いてしばらく黙っていたが、やがて暗器をやよいから遠ざけた。そのままそのキリをズボンのポケット入れ、今度は花のほうへと歩み寄る。
「ひっ」
花は思わず声を漏らした。今度は自分の番だと思ったのだ。
「嫌……やめて」
「殺さねえよ、安心しろ」
琥太郎は花のそばまで来ると、そう言った。続けて問う。
「お前はどうなんだ。この魔女の提案を呑むのかよ」
花は少し考えてから、震える声で答えた。
「……はい、だって、ほかに行き場所もありませんし」
未成年が勝手に自分で賃貸契約して一人で暮らすことは禁じられている。ここを出たとしても、また新しい契約をするには親の名義でしなければならないし、親がいるという嘘をいつまで付き続けられるか分からない。それに、周りに嘘をついていることを、やよいという他人に知られてしまっている。
十八になって成人するまで、ここに居るのが一番の安全な選択肢だった。
琥太郎は小さく舌打ちをする。
「じゃあ、俺みたいな殺し屋と一緒に住むのは大丈夫なのか?」
「え?」
花は伏せていた目を、琥太郎の顔へ向けた。舌打ちはしていたけれど、なんだか今の声は優しさを少し含んでいるような響きだった。
二人の目が合う。
「俺は魔女の言う通り、殺し屋だ。人を殺すんだぞ。そんな奴と居るのに抵抗はないのか?」
「えっと、私、は……」
口ごもる花の脳裏に、やよいの言葉がよみがえった。
『十九歳という若き殺し屋。最近、親に勘当されて暮らせる場所を探していた』
(十九歳――私と少ししか違わない)
どういう理由で勘当されたのか、それに琥太郎の家がどんな環境なのかも全く知らない。それでも、花と同じ「家族を失った」状態なのだ。
花は、ギュッとこぶしを握って口を開いた。
「大丈夫です。一緒に住めます」
「そうか」
琥太郎はしばらく花のことを見ていたが、くるっと体の向きを変えてやよいの方を見た。
「魔女。っつーことだから、俺たちお前の提案を受けてやるよ」
琥太郎はさらに声を低くして呟く。
「まあ、この家に居て近くにいたほうがお前のことをいつでも殺せるしな」
それを聞いて、やよいは再びパチパチと手を叩いた。
「結構、結構。それでいいよ、その返事を待っていた」
それから、花と琥太郎を交互に見て、明るく微笑む。
「じゃあ、改めて花に琥太郎。今日からあたしたちは家族だ。血縁関係もないし正式な書類もない『ニセモノ』の家族だけど、これからお互い助け合って生きていこう」
(本当に……家族になっちゃったんだ)
花はまだ今の状況を呑み込めないでいた。信じられないでいた、という方が近いかもしれない。
血縁関係という戸籍や法律の上で一番強い絆を持ってしまう関係にあった父と母でさえ、距離感はものすごく遠かった。今通っている高校でも、友達と呼べる人はそう多くはない。
なのに、今日出会ったばかりの――しかも、自分で「魔女」を名乗る怪しい宮月やよいと、殺し屋などという花が一生かかわることのないと思っていた生業の神木琥太郎。そんな二人と一緒に住むことになって、「家族」として暮らしていくなんて。
「家族……か」
花はまだ家族というものがよく分からない。やよいに対しても、琥太郎に対しても、怖いと思う感情は消えない。
それでも心のどこかで、これからの未来に期待している自分がいることも確かなのであった。




