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約束をしてからあっという間に時間は過ぎ去り、もう土曜日になってしまった。勢い余った結果、衝動に身を任せて自分から行きたいとは言ったものの、初対面の年上相手にうまくコミュニケーションを取れるのかと聞かれたら、答えはNOだ。毎日顔を合わせている部活の先輩たちでさえ、話しかけるときは身構えてしまうのだ。
どんな態度で「はじめまして」をすればいいのだろう。変な空気を作って、獅子道くんに迷惑はかけたくない。朝起きてから、ため息ばかり。ずっと憂鬱で、練習も若干身に入ってない。
「はぁ……」
「せっかくのいい天気なのに、なーんかどんよりしてんね」
「美山……」
「なに? もしかして、失恋でもしたの?」
「なっ、してないけど」
部活を終えた後、気配を消して近づいてきた美山に突然肩を組まれて、内緒話をするみたいに囁かれる。中性的な見た目をしているせいで、ミステリアスで妖艶な雰囲気を纏っているけれど、今のこいつはただ人の恋愛模様をからかいたいだけの厄介者。相手にしない方がいい。
「ふーん、好きな人がいることはやっぱり否定しないんだね」
「……お前なぁ、」
「あはは、蒼人のそんな顔初めて見た! 表情、全然変えないから、感情ないのかと思ってた。なーんだ、もっと近寄り難いと思ってたのに、意外と普通じゃん」
「それ、本人に言うこと?」
「あれれ、もしかして、気にしてた?」
「…………」
美山と話すと、調子が狂う。何を言ってもからかわれるのならもう何も話さないと黙り込めば、更に笑みを深める。「蒼人もかわいいとこ、あるじゃ~ん」とギャルみたいに話す美山の肩から逃れて、早めに退散しようと思って踵を返せば、後を着いてくる気はないようだった。
「デートの話はまた今度、じっくり聞かせてね♡」
「っ、だまれ!」
こっそりと背中にかけられた言葉を聞いて、カッと頭に血が上る。声を荒らげながら言い放ったことを一瞬後悔したけれど、怒鳴られた本人は「あーあ、怒られちゃった」と悪びれる様子なし。ギャルはちょっとやそっとじゃへこたれないらしい。そのメンタルの強さだけは認めてやらないでもない。
「じゃあね~」
そう呑気に手を振ってくる美山には、何も反応を返さずに足を進める。きっと、俺が突然キレたように見えたのだろう。じろじろと不躾に見てくる先輩の視線は気にしないようにして、部室まで歩き続けた。
もう、何もかも全部無視だ。
早く家に帰って、着替えて、そして獅子道くんに会いに行こう。
◇◇
休日の昼下がり、駅前は多くの人々で賑わっている。乗る予定だった電車を一本逃したせいで、約束の時間ギリギリになってしまった。改札を抜けてからも、ただ走り続ける。待ち合わせ場所に着くと、すぐに探していた姿は見つかった。化粧品の広告が貼られた柱の前、キャップを被って立っている。
(私服は意外とカジュアルなんだ)
制服姿しか知らないから、ドキドキと心臓がうるさい。初めて見る私服姿に見惚れてしまって、勝手に足が止まっていた。じーっと見つめるその視線を感じたのか、スマホをいじっていた獅子道くんが不意に顔を上げる。ばちんと目が合った瞬間、花が開くように彼は笑った。その笑顔が俺に向けられたものだと思ったら、堪らない気持ちになった。
「っすみません、お待たせしました」
「あ、蒼人くん。そんな急いで、走って来やんでよかったのに」
「俺が早く会いたかったので……」
「っ、ほら、汗かいとるやん」
カバンからタオルを取り出した獅子道くんが、躊躇わずにそれを俺の首元に押し当てる。
「待ってください、タオルが汚れちゃいます」
「んー、ええよ、別に。タオルぐらい。汗かいとるイケメンさんもええけど、蒼人くんがそのまんまやと不快やろ?」
「すみません、ありがとうございます……」
「ふふ、そんな気にせんでええから」
「……貸してください、月曜日に洗って返します」
「頑固やなぁ。ええから、ほらじっとしといて」
ぴしゃりと言われて固まる俺の横を、二人組の女性がクスクス笑いながら通り過ぎていく。兄に面倒を見られている弟のような立ち位置が歯痒いのに、これ以上抵抗するのも年下っぽい振る舞いになりそうで動けない。不甲斐ない自分が嫌になる。
「できた! 他に気持ち悪いところない?」
「はい……、ありがとうございます……」
ちょっとだけ気分が下がった俺の顔を覗き込んだ獅子道くんが、きゅるるんとした瞳で見上げてくる。観察するみたいにじいっと見つめられると、なんだか耐えられなくなって、ふいと視線を逸らしてしまう。俺は何だかんだ、この瞳に弱いのだ。
恋心を自覚する前なら、普通にしていられたのに。ほんの些細なことで感情が大騒ぎするから、なかなか心臓が落ち着いてくれない。




