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一限目の古文の授業からずっと、頭の中を占めているのは「好きな人」というワード。いつもなら昨晩見た海外サッカーのプレイを思い出しているのに。こんなの、初めてだ。考えないようにすればするほど獅子道くんのニコニコした笑顔が浮かんできて、悪循環に陥っている。ぐしゃりと前髪を乱したって、何の解決にもならない。
過去に告白されたことは何度かあるけれど、お試しで付き合ってみるとかはできなくて、みんな断ってきた。誰かと踏み入った関係になるのが怖くて、臆病な俺は避けてきたんだ。彼女たちは俺のどこを好いて、告白しようと思ったのだろう。
どこからが恋で、いつから好きと伝えたくなるのか。この答えを自分で見つけ出すぐらいなら、一人でハーフラインから駆け上がって、相手のディフェンスを躱した後にゴールを決める方が容易いのではとさえ思ってしまう。
一人で悩んでいたって、埒が明かない。気づけば午前中の授業が終わっていた。もう昼休みだ。午後の授業も聞き流すのはさすがにまずい。そんな俺が頼れる相手はただ一人、野井ちゃんだけだった。
「なぁ、野井ちゃん。今日は彼女とご飯行く?」
「ん? どうした?」
「ちょっと相談があって……」
「よし、久しぶりにあそこでも行くか」
昼休みになって、すぐに野井ちゃんに声をかければ二つ返事で立ち上がる。理由も聞かずに、先に足を進める野井ちゃんの背中が頼もしい。俺は野井ちゃんに一生頭が上がらないだろう。そんなことを考えながら、弁当を入れたかばんを引っ掴んで、その背中を小走りで追いかけた。
たどり着いた先は人通りが全くない、屋上へと続く階段。四月頭、クラスになかなか馴染めなかった俺を誘って、野井ちゃんが連れて来てくれた思い出の場所。最近は保健室に通いつめていたから、ここに来るのも久しぶりだ。
「蒼人と食べるの、なんか久しぶりな気がする」
「ごめん、野井ちゃんが嫌になったとかじゃなくて、」
「分かってるよ、責めてるわけじゃない。俺だって、彼女のところ行ってるんだからおあいこ」
「うん……」
「ただ、やっぱり蒼人といるのは落ち着くなぁって思っただけだから」
一緒にいて居心地がいいと思ってもらえる相手なんて、一体この地球上に何人いるのだろう。ここまで波長が合う相手と出会えたことに感謝しなければいけない。じーんと感動していたら、先に階段に腰掛けた野井ちゃんが弁当の蓋を取りながら、首を傾げる。
「それで、相談って?」
「あのさ、」
「うん」
「……えっと、」
「ゆっくりでいいよ。ご飯食べながらで」
いざ言葉にするとなると、どんな風に言い出せばいいのか分からなくて吃ってしまう。そんな俺を見て、ぽんぽんと自分の隣を叩いた野井ちゃんに従って、俺も弁当を取り出す。何も急かしたりしない、そんなおっとりとした野井ちゃんの醸し出す空気に少しだけ緊張が解れる。きっと野井ちゃんなら、こんな相談だって茶化さずに聞いてくれるから。
「……野井ちゃんって、彼女のこと、好き?」
「うん、好きだけど」
「そっか、そうだよなぁ……」
「蒼人もいるんじゃないの?」
「え……?」
「好きな人。部室で聞かれた時、いつもだったらすぐに否定するのに、何にも言わなかったじゃん」
今この瞬間まで何も触れてこなかったから聞こえていなかったのだと思っていたのに、敢えてその話題をスルーしていたようだ。俺が困ると分かっていたのだろう。改めて自分に好きな人がいるのかどうかを聞かれたって、その感情のぼんやりとした輪郭しか見えなくて、はっきりとした答えが出せそうにない。




