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あれ以来、時々一緒に帰ることになって、獅子道くんと過ごす時間は今までとは比にならないほど増えた。獅子道くんの内側に入れてもらえたのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。
家族のことは決して口に出さないけれど、俺の前ではいつも通りの柔らかな関西弁を話しながらほわほわと笑っている。練習で疲れきった後、その姿に癒されていることを獅子道くんはきっと知らないままだ。
誰も知らない獅子道くんの素顔を、俺だけが知っている。その優越感の理由を見つけることはまだできていない。知ったら最後、もう戻れなくなると頭では理解していたから。違うだろ、そうじゃないよなって言い聞かせて、現実から目を逸らし続けた。
そんなある日の放課後、獅子道くんと裏門で待ち合わせていた。少しずつ周りからの視線に慣れてきたのか、保健室じゃなくて人通りの少ない裏門でなら待ち合わせができるようになったのだ。
そんな彼の成長が嬉しくもあり、寂しくもあった。今は卑屈になっているけれど、根っこの部分は明るくて優しい人だから。見た目のせいで遠巻きにされているだけ。きっと彼の本当の姿を知ったら、みんなが獅子道くんを好きになる。
そうすれば、クラスで授業を受けることだってできるかもしれない。お昼休みを一緒に過ごす人ができるかもしれない。それは獅子道くんにとっていいことなのに、どうして心から喜べないのだろう。俺の誘いを断られたら嫌だなぁと思うのは、なぜ? 必然的に俺との時間が減ることを危惧しているからだろうか。
最近増え続けているそんなモヤモヤを抱えながら、練習着から着替えて、足早に待ち合わせ場所に向かう。すぐに見つけた、花壇に腰掛けている金髪のハーフアップ。その口元に咥えられているのは、白くて細い棒。
(ん……?)
見間違いかとも思ったけれど、遠くからいくらまじまじと見つめてみたって、どうしても「アレ」にしか見えない。やっぱり獅子道くんは見た目に違わず、不良だったのだろうか。いや、でも、中身は純粋度百パーセントないい子である彼が、まさか校内でそんなことをするとは思えない。母親が呼び出されるようなことをするわけない。
半信半疑のまま小走りで彼に近付くと、足音に気付いた獅子道くんがぼーっとスマホを見つめていた顔を上げて、ぱあっと表情を明るくする。まるで散歩前の犬のような喜び方にふっと笑みが溢れた。
「お疲れ様」
「お待たせしました。……それ」
「ん? ああ、これ?」
そんな彼に癒されたのもつかの間、白い棒を指差しながら指摘すれば、獅子道くんは不思議そうにしながら口元からそれを取り出した。その先端には丸いピンク色の飴玉。獅子道くんのことは信じていたけれど、安堵するのは止められない。「よかった……」と、ほっと息を吐き出せば、何も知らない獅子道くんが顔を覗き込んでくる。
「どうしたん、蒼人くん。飴ちゃん欲しいん? いちごミルクでよかったらあるで」
「いえ……、遠くから見たら、ちょっとだけタバコに見えちゃって……。絶対違うとは思ったんですけど、すみません……」
「未成年やもん、タバコもお酒もまだあかんよ?」
「そうですね、獅子道くんはやっぱりそうですよね」
「うん、まぁ、でも、多分俺はどっちもそんな得意ちゃう気するけどなぁ」
「……獅子道くんには飴が似合ってますよ」
「うん。……蒼人くん、なんか馬鹿にしとる?」
「まさか、してないですよ。ただ、かわいいなぁって思っただけです」
貴方にはタバコなんかより、棒付きキャンディの方が似合っているから。ずっとずっと、そのまま変わらずにいてほしい。いつまでもかわいい獅子道くんで、俺の隣で笑っていてほしい。
表面上はただそれだけ。心の奥底にはもっとドロドロとした重たい感情が潜んでいるのに、それを口にすることはできなかった。
相変わらず照れ屋な彼は「もう、かわいいは聞き飽きたからはよ帰んで」と先に歩き出す。ぷくっと膨れた頬が赤く染まっている。あーあ、またひとつかわいいが増えていく。
彼の全てが欲しいと、そう思う自分がいることには見ないふりをして、俺が追いつけるようにゆっくりと歩く彼の隣に並ぶ。そんなさりげない優しさに胸が鳴ったことなんて、獅子道くんは知る由もない。
貴方はどこまで無自覚なのだろう。同じ時間を過ごす度に、貴方の存在に狂わされていく。今はただ、そのかわいさを素直に享受することしかできないっていうのに、悩みの種は今日も俺を惑わせる。
その感情の答えを、無理して見つけようとは思わない。今の関係のままで十分に満足だから、もしも関係が壊れてしまったらと思うと、次のステップには怖くて進めない。そんな言い訳ばかりして、俺は今日も現実から目を逸らす。
まだ、もう少しだけ……。
この感情に名前を付けるのを待っていて。




