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「えー、今休憩しに来たばっかなのに。ったく、蒼人はストイックすぎんのよ」
「こら、水城ー! そんなところでサボってんじゃねーぞ!」
「ほら、呼ばれてんじゃん」
「げ、最悪。はぁ……、じゃあ、行くわ。お大事に」
重たいため息を吐き出した後、ひらひらと手を振ってダルそうに去っていった水城は、飄々とした態度で顧問からの叱責をのらりくらりと躱している。そんな水城にガミガミ言っても無駄だと諦めたのだろう、顧問は「こいつは何言っても聞かん」と言いたげな表情をして他の部員の元へと向かっていく。
口も八丁手も八丁、世渡り上手とはああいう奴のことを言うのだろう。凄いなぁ、俺には到底真似できそうにない。ああ見えて中学時代は全国大会常連だったというのだから、人は見かけによらないものだ。頭もそこそこ良いのだから、きっと要領がいいのだろう。
だけど、サッカーをしたくてうずうずしている俺からしたら、水城が練習をサボろうとしていることが不思議でしょうがなかった。そんなにやりたくないなら、部活に入らなければよかったのに。だって、そうするって決めたのは他でもない自分自身。誰にも強制されていないのだから。こんな考えをしているところが、きっと他の人と感覚がズレているって言われる所以なのだろうけれど、俺の硬い頭はそう簡単に柔軟な思考を持ってはくれない。
一人になって、ようやく静寂が訪れる水道前。遠くから運動部の声や吹奏楽部の音色は聞こえているから、厳密に音がないわけではないけれど、もう俺に絡んでくるひとはいない。顔を上げれば遠くにいるサッカー部員の姿が目に入って、チクリと胸が痛む。その痛みを誤魔化すように、グラウンドに背を向けて視線を落とし、蛇口を捻って水の量を調整する。勢いが良すぎたら、絶対痛い。太陽によってすっかり温められた水が冷たくなった頃、こんなもんか……、と意を決して、ちょろちょろとした水の流れに膝を差し出す。透明な流れによって、固まりかけていた赤が流されていくのをじいっと無心で見つめていれば、すぐにある程度は綺麗になっていた。
(このまま、早く練習に戻りたいんだけど……)
くるりと振り返ってグラウンドを見れば、入部してすぐにレギュラーの座を勝ち取った俺の代わりに、控えになってしまった先輩フォワードが生き生きとグラウンドを駆け回っている。俺の前では絶対にしない楽しそうな笑い声まで聞こえてきて、無意識に胸の奥がきゅっと縮んだ気がした。
新入生が入学して早々、それまでレギュラーを張っていたのにポジション争いに敗れ、ベンチに回った先輩の肩を持つ部員の方が多いのは分かっている。特に三年生の先輩たちはそうなるだろう。一緒に同じ青春を味わってきたのだ。突然現れた新人よりもずっと長く、一緒の時間を過ごしてきたのだから仕方ない。
キャプテンを始めとするレギュラー陣は冬の選手権まで残ると聞いているけれど、三年生の中には夏のインターハイまでと決めている人もいる。残された僅かな時間、少しでも一緒にコートに立ちたいと思うのは当然だ。頭ではそう理解していても、時々こういう風に居心地の悪さを感じてしまうのはどうしようもないことだった。「サッカー部の天才エース様」だなんて、俺には不釣り合いの大層な呼び名まで付けられて、ますますやりづらいと感じる時間が増えていく。
これも全部、俺が未だにこの学校のサッカー部に馴染めていないからだろうか。入学してもう二ヶ月が経つっていうのに、いつまで俺はこうしているのだろう。俺だって、野井ちゃんみたいに可愛げのある後輩になれたらよかったのに……。そう羨ましがったって、自分の引き出しにないことを今更できるはずもない。
「はぁ……」
頭から冷水をぶっかけたい気分になりながらも、ため息と共に蛇口を戻す。ないものねだりをしたって、ただでさえ頑固なこの性格をすぐに変えられるわけじゃない。諦めにも似た心地になるのは何度目だろうか。毎日、少しずつ、俺の中の何かがすり減っているような気がする。
手に持っていたタオルで濡れた足を拭いて、俺はとぼとぼと保健室に向かって歩き始めた。ちょっとだけ、あの輪の中に戻るのは気まずいなと思ってしまう自分がいることがショックで。そんな自分に気づいたら、一歩を踏み出す勇気すら出せなかった。なんてことないフリをして平静を取り戻すには、今は少しだけ時間が必要だった。




