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「分かったから、落ち着いてください」
「…………珍しい、今日はいじわるせんのや」
「問い詰めた方がよければ、そうしますよ?」
「ちがう、ごめん」
口を滑らせた獅子道くんが慌てて謝罪を口にする。眉がへにょりと下がっている。さっきまであんなに落ち込んでいたのに、ころころと変わるその表情から目を離せないなと改めて思ってしまう。
「……獅子道くんって、ほんと、かわいい人ですね」
「っ、そんなん言うてくるん、蒼人くんぐらいやもん……」
「俺だけって響き、やっぱりいいですね。嬉しいです」
「……からかわんといて」
「からかってるつもりはないですよ。ずっと、本気で言ってます」
「…………」
今まで獅子道くんに向けてきた言葉に、嘘偽りはない。たとえいかに取り繕うとも、このガラス玉のような瞳に見つめられたら何もかも見透かされてしまう気がして、嘘なんて端からつく気にもなれないのだから。
それにきっと遠回しな言い方をするよりも、ストレートに言葉をぶつけた方が獅子道くんにはまっすぐに伝わるだろうから。俺はずっと、本気だ。獅子道くんに誤解されたくない。ただ、その一心しかない。
獅子道くんが困ったような表情で俺を見つめてくる。この顔が好きだ。俺のことで頭をいっぱいにしながら、悩んで、狼狽えて……。そんな獅子道くんを見ていると、俺の中の歪な感情が満たされていく。
「そういう顔をするのも、俺の前だけにしてくださいね」
「どんな顔しとるんか、分からへん……」
「分からなくていいんです。ありのままの獅子道くんでいてくれたら、それだけで」
俺がそう言うと、缶を握り締めた手に力が入る。飲み切ってしまったココアのアルミ缶が悲鳴を上げた。
今、彼は何かを言おうとしている。それを察したから、俺にできるのはただ獅子道くんが話せるようになるのを待つことだけだった。しばらくして整理がついたのか、下を向いた獅子道くんはぽそぽそと静かに話し始める。
「蒼人くんだけやなぁ……、俺にそのまんまでええよって言うてくれんのは」
「え……?」
「去年の冬に親が離婚してな、母方の実家があるこっちに引っ越してきたんよ。あんな仲良いと思っとったのに、今ではおかん、めっちゃおとんのこと恨んどって……。おとんに似とる俺のことも、顔も見たくないぐらい生理的に無理になっとるねん」
「…………」
「この関西弁も、おかんが怒る理由になるから使いたくないんやけど。……変やね、蒼人くんの前やと勝手に出てまうわ」
えへへ……と、寂しそうに無理して笑う獅子道くん。何と声をかければいいのか、こんな状況にぴったりの言葉が未熟な俺の脳内には浮かんでこない。
獅子道くんにはずっと笑っていてほしいけれど、俺が見たいのはそんな辛そうな笑顔じゃない。いつにも増して小さく見える獅子道くんを守りたくて、ひとりじゃないんだよと伝えたくて、言葉をかけられない代わりにそっとぎこちなく彼の背を撫でた。
「俺も見限ってしまえたらよかったんやろうけど、どうしてもおかんのことを嫌いにはなれんくて。ずっと顔色を伺ったり、頑張って標準語を喋ろうとしたり、いろいろ試してみたんやけど。なーんもうまくできへん俺には、もう、無理なんやろね……」
「前提として、俺は今の獅子道くんの話し方がすごく好きです。柔らかくて、なんか心の中がほんわかして、いつも癒されてます。それは分かっててください。でも……、獅子道くんが標準語を喋りたいって言うなら、俺がいくらでも練習に付き合います」
「ふふ、蒼人くんならそう言うと思っとった。力になるって言うてくれるんやろなぁって。でも、もうええんよ。そろそろ潮時なんかなぁって考えとったから」
「潮時?」
「うん、おかんのことを苦しめるぐらいなら、その原因の俺が家からおらんくなったらええやんって……」
「っ、」
「ちょっとな、俺もこれ以上頑張るの、疲れちゃった」
努めて明るく話をする獅子道くんの声が震えている。本心ではそんなことをしたくないっていうのが伝わってくるけれど、家族間の複雑な問題に気軽に口を挟めるものでもない。あまりにも未熟な自分がやるせなくて、腹が立つ。聞きたいとせがんだのは自分のくせに、役立たずに固まる俺に獅子道くんが笑いかける。
「ごめんなぁ、こんな嫌な話聞かせて」
「いえ、聞きたいと言ったのは俺の方なので……。すみません……」
彼が謝る必要なんて何もない。むしろ言いたくないことを言わせてしまって、こちらが謝るべきなのに。どこまでも優しくて、お人好しな善人。悲しげな微笑みを浮かべる獅子道くんが大人びて見えて、ひどく遠く感じた。




