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さっきまで、あんなにぐいぐい絡んでいたくせに。突然その勢いを殺して短く返事をした俺に、獅子道くんがこの空気をどうしようかと戸惑っているのが雰囲気で伝わってくる。
やらかした。「気難しい」「いつも真顔で何考えてるのか分かんない」って陰で言われているのは知っている。獅子道くんの前では気を張らずにいれたのに、ちょっと気を抜くとこれだ。堅物め。
場の空気を乱したことを謝ろうと口を開けば、獅子道くんがわざとらしく明るい声で時計を指差しながら言う。
「ほら、蒼人くん、お昼食べるんやろ。もうあとちょっとやねんから、はよ食べや」
「獅子道くんのお弁当は?」
「俺はコンビニの菓子パンあるから。今日新発売のメロンクリームパンやって。美味しそうやろ?」
窓際に置いていたリュックの中をがさごそと漁ってコンビニの袋を取り出した獅子道くんは、じゃーんと子どもみたいにパッケージをこちらに向けてくる。百点満点の笑顔を浮かべて、とにかく嬉しそう。なんだか一気に気が緩んで、肩の力が抜けた。
「甘いの、好きなんですか?」
「あ、今、ガキやなあって思ったやろ? ふん、甘いの好きで何が悪いんよ」
「悪いなんて言ってないですよ。ただ、かわいいなあって思っただけです」
「また『かわいい』言うた。それ、禁止にすんで」
「かわいいものに対してかわいいって言うのは、普通のことじゃないですかね? 事実なので。嘘をついているわけでもあるまいし」
「……ほな、俺にかわいいって思わんといて」
「無理ですよ。他のことを考えるより先に『かわいい』って一番に出てくるんですから」
「…………蒼人くんのあほ」
照れ隠しの暴言を吐き、ムッとして不機嫌を装う獅子道くんはそれを誤魔化すようにパンを齧る。相当お口に合ったのか、不機嫌そうだった表情が一瞬でぱあっと明るくなる。鼻歌でも歌い出しそうなほど、ご満悦だ。
この人、素直すぎる。
考えてること全部、表情に出てるじゃん。
飽きもせず、勝手に口から「かわいい」って言葉が出そうになる。けれど、こんなにご機嫌なのにまた不快な気持ちにさせるのはかわいそうだし、残り僅かな昼休みの時間がもったいないから、気合いでお口をチャックする。
今はただ、満足気にメロンクリームパンを堪能しているところを目に焼き付けておこう。そしたら放課後に待っている、どれだけハードな練習メニューだって全力で頑張れる。……いや、このゆるゆるの獅子道くんの表情を思い出したら、ちょっと気は抜けるかもしれない。
「また、お昼一緒に食べましょうね」
「……うん、ええよ。ほんまは、誘ってくれて嬉しかったし」
「っ、」
「でも、蒼人くんはクラスに友だちがおるんやし、その子を蔑ろにしたらあかんよ。やから、俺を優先しようとはせんといて」
「…………」
「でも、せやけど……、もし、蒼人くんの気が向いたら……、また来てくれたら、嬉しいな」
(あかん、かわいすぎるやろー!)
って、その言葉を聞いた瞬間に脳内で叫んでしまう。あまりのかわいさに、獅子道くんの関西弁が移ってしまっている。普段の冷静沈着ぶりからは想像もできないほどの荒ぶりは、絶対に誰にも見せられない。
ふぅ……と思いっきり息を吐き出せば、なんとか心臓も落ち着いた。毎度の事ながら、ツンとデレの塩梅が神すぎる。狙ってやってなくて、天然でこれなのだから、俺は獅子道くんに狂わされてばかりだ。
「すぐにまた、会いに来ますよ」
「ふふ、待っとるね」
「……はい」
俺だけに向けられた、ひまわりみたいな笑顔。控えめにひらひらと手を振られるけれど、その笑顔に見惚れてしまって、たった二文字の言葉しか返せない。そんな自分があまりにもつまらない男だと思い知って、俺は自己嫌悪しながらとぼとぼと教室に戻った。貴方に見合う人になれたらいいのに。そんな、ないものねだりをしながら。
だけど、収穫はふたつある。
ひとつは、獅子道くんは甘党だって情報をゲットしたこと。もうひとつは、一緒にお昼ご飯を食べる許可をもらえたこと。
関係を絶とうとされていたことを考えると、あまりにも大きな進歩だ。その日の部活はかなり浮かれてしまったせいか、あまりにも絶好調で、監督にも「どうしたんだ」と聞かれる始末。
獅子道くんは自分が俺のサッカーに悪影響を及ぼすと考えていたようだけれど、正反対の結果をもたらしてくれた。俺からしてみれば、当然。だって、そりゃそうだろう。獅子道くんが足を引っ張るわけがない。
かわいいに過剰摂取という概念はないのだ。むしろ摂取すればするほど、俺の力になると分かったのだから、獅子道くん、これから覚悟しておいてくださいね。




