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――あ、まずい。
そう思った時には、既に遅かった。ズサァッと勢いよく地面に叩きつけられた体に痛みが走る。特に酷いのは、地面と直接擦れてしまった膝だ。でも大丈夫、足を挫いたわけじゃない。ただのかすり傷。こんなの、サッカーをしていたらよくあることだ。
だけど、怪我自体に体が慣れてくれるわけがなく、砂利混じりの傷跡には赤が滲んでいる。せっかく、前の傷跡が消えかかっていたっていうのに……。あーあ、膝をやっちゃったのはマイナスだなぁ。もっといい受け身の仕方があっただろうに。なんて、そんなことを考えながら練習着についた砂を払っていれば、ぶつかってきたチームメイトの野井ちゃんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
これは練習なんだし、ディフェンダーは相手を削ってなんぼでしょ。練習で本気になれないやつが試合で百パーセントの力を出せるはずがない。野井ちゃんがわざとやったわけじゃないって分かっているし、別に骨を折るような怪我はしていないのだから、そんなに気にしなくたっていい。俺はそう思っているのだけど、心優しい野井ちゃんは毎回気にしちゃうようで、顔面蒼白にしてこっちが困っちゃうぐらいの焦りを見せる。
「ごめん、大丈夫?」
「うん、平気。俺の動き出しが悪かっただけだから、野井ちゃんはそんな気にすんなって」
「でも、その怪我……」
「あー……、まぁ、このまま続行ってわけには、」
「蒼人、保健室。これ、キャプテン命令な」
「はい……」
命令されて、野井ちゃんと同じように眉が下がる。たぶん、二人そろって同じ顔をしているだろう。だけど、キャプテンは譲らない。サッカー馬鹿だと自他ともに認める俺のことを見逃すほど、キャプテンは甘くないのだ。水で流してくればそれで大丈夫だろなんていう甘い考えは、すっかり見透かされている。
「なんだ、嫌そうだな。そんなに一人で行くのが怖いなら、俺が保健室まで着いて行ってやろうか?」
「いや、一人で行きます。一人で!」
珍しく大きな声を上げて拒否をする俺を見て、キャプテンは満足気に頷いた。「じゃあ、行ってこい」という声を受けて、渋々歩き出す。
ちぇっ、せっかくのミニゲームだっていうのに、途中退場かよ。俺の反応があと少し早ければ、スライディングを躱してシュートまで持っていけたのに。くっそー、悔しくなるぐらい良いディフェンスだったよ、野井ちゃん。でも、次こそは絶対にゴールを決めてやる。メラメラと燃え上がるサッカー馬鹿の闘志を秘めたまま、俺は足取り重く保健室に向かう。決して、キャプテンの圧に負けたわけではない。体育会系の部活だから、先輩の言うことは絶対ってだけ。
監督からノックを受けている野球部の横を通り抜け、ハードルを颯爽と越えていく陸上部を横目に、最初の目的地である水道へ。俺たち一年生が加わって、どこの部活も活気づいているのを肌で感じる。部活動が盛んな進学校なだけあって、インターハイに向けた練習に熱が入っているのだろう。少しでも長い夏を過ごすために、みんながむしゃらになっているのが伝わってくる。やる気の相乗効果ってのもあると思う。負けたくて挑む奴なんていないから。
「うわー、痛そうだね。転んだの?」
「そう、派手にやっちゃったわ」
「へぇ、サッカー部の天才エース様も怪我とかするんだなぁ」
「うるせーよ、サボってないで練習に戻れ」
しれっと休憩していたのだろう、水道で顔を洗っていた先客のクラスメイトが声をかけてきた。テニス部の水城だ。前髪から水が滴っているけれど、この暑さならすぐに乾くだろう。お調子者で、よく先生に叱られているところを目にする。あまり話したことはないのに、こうやって親しげに話しかけてくるあたり、自分にはないコミュニケーション能力だと感心してしまう。
――サッカー部の天才エース様。
一体、最初に呼び始めたのは誰だったか。今となっては思い出す術もないのだけれど、自身につけられた大袈裟なまでの呼び名を、俺は忌み嫌っている。そんなことを知る由もない水城は、俺の言葉を無視して唇を尖らせ、おもしろくないと全力でアピールする。自分の感情に素直なやつだ。




