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俺の様子を伺いながら、うるうると瞳を潤ませている獅子道くん。「はぁ……」と息を吐き出せば、びくっと肩を震わせてまた更に眉が下がった。
「分かりました、獅子道くんが俺を避けるならそれでもいいです」
「…………」
そう俺が言った瞬間の自分の顔を、獅子道くんは鏡で確認するべきだ。酷く傷付いたような表情をしているくせに、それを隠そうとしてきゅっと唇を噛み締めている。素直すぎて、嘘がつけないのだろう。生きるのへたくそだなぁと、本音がバレバレな姿に愛しさで顔の筋肉が緩む。
「でも俺は諦めが悪いので、獅子道くんが逃げたってずっと追いかけます」
「えっ……」
「獅子道くんに聞いても断られるみたいなので、俺の好きにします」
「何なん、自分……。ああ、もう、こんなはずやなかったのに……」
「ふふ、獅子道くんがかわいいのが悪いんですよ」
「か、かわいい……?」
「自覚してませんでした? じゃあ、これから俺がいっぱい教えてあげますね、獅子道くんがかわいいってこと」
「ほんまに待って……。あかん、もう恥ずかしすぎて爆発しそう」
ハーフアップにまとめられた髪から覗く耳が真っ赤で美味しそう。食べ頃に熟れたその場所に齧りついたら、どんな反応をするのだろう。だけど、手を出したら絶対に逃げられるって分かっているから、今はまだ我慢のとき。うるうると潤んだ瞳が俺だけを映してくれるその日まで、じわじわと距離を縮めていくしかない。我慢強くあれ、俺。
獲物を見つけた獣みたいに、ひとりパニック状態に陥っているかわいそうな獅子道くんをじいっと見つめる。何も言わなくなった俺にほっとしたのか、獅子道くんはその場の空気を誤魔化すみたいに明るい声を出した。
「そ、そうや、蒼人くん、体育やっとるんやろ。まだ体力テスト終わってないんやから、はよ戻り。放課後の部活の時間、削られるで」
「そうですね……、って、あれ? 俺の順番がまだって知ってるってことは、もしかして保健室から俺のこと見てました?」
半ば冗談で言ったのに、図星をつかれたみたいにピシッと分かりやすく固まる獅子道くん。その態度で「Yes」だとすぐに分かる。本当にもうこの人は、俺を一体どうしたいんだ。
まさか、保健室の窓から俺のことを眺めていたなんて。気になっていたのは俺だけじゃなくて、獅子道くんもなんだ。拒絶されかけて下がっていた気分が一気に上昇する。自分でも単純だと思うけれど、勝手に上がった口角を下げる術を知らない。
「……やめてぇや、その顔」
「ふふ、どんな顔してるのか分かんないです」
「……やっぱりいじわるや」
真っ赤になった顔で、舌っ足らずに文句を言いながら睨みつけられたって、ちっとも怖くない。誰だ、こんなにかわいい人に「保健室の悪魔」だなんて、全く似合わないあだ名をつけたのは。せめて「小悪魔」の間違いだろう。
「そういうところがかわいいんですよ」
「っ、」
「今回は引き下がって俺は体育に戻りますけど、ちゃんと保健室から見ててくださいね」
「……もう見ぃひんもん」
「あーあ、獅子道くんが見ててくれるなら、自己ベスト更新できるのになぁ」
「分かった、分かったから! ちゃんと応援しとる。 やから、ほら、頑張っといで」
「ふふ、言いましたね、約束ですよ」
俺の勝ち。言質はとった。強引に獅子道くんの手を取って、小指を絡め取る。指切りげんまんと約束を交わせば、へにょりと口元を歪ませた獅子道くんに思わず笑みが溢れた。どういう表情なんだろう、それ。自己肯定感爆上がり中の俺には、嬉しいのを必死に誤魔化そうとしているようにしか見えないよ。
「じゃあ、また」
「……行ってらっしゃい」
むすっとしたまま、けれど小さな声で告げられた言葉に自然と柔らかな表情になる。視線は逸らされたままだけど、立ち去る俺に小さく手を振ってくれた。
……はぁ。
ほんと、そういうところだよ、獅子道くん。
それはあまりに自意識過剰だと、またぷんぷん怒られるかもしれないけれど、獅子道くんが閉め切っていた心の窓を少しだけ開けてくれたような気がして、グラウンドに向かう道中、勝手に緩んでしまう口元を引き締めるのに注意が必要だった。




