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「まぁ、派手に転んじゃったわね。ここに掛けて」
「失礼します」
すぐに足の怪我を視認した矢野先生は、テキパキと消毒の準備をしながら大原さんを丸椅子に座らせる。俺も前に腰掛けた椅子だ。か細い返事に矢野先生がにっこり笑う。少し顔が引き攣らせた大原さんの心境が、俺にはよく理解できた。消毒が染みるんだろうなって、不安と恐怖。多分、あのときの俺と同じ気持ちで待っている。
かわいそうに……と、半ば他人事のように思いながら、送り届ける任務は完了したし、俺はそろそろグラウンドに戻ろうかなと考えていたときだった。閉められたままだった奥のベッドのカーテンがシャッと音を立てて勢いよく開いた。
「え……」
「あ、」
――獅子道くん。
その言葉が漏れる前に、驚いた様子で目を丸くした彼は俊敏な猫のように素早く、こちらには目もくれずに保健室から出て行ってしまった。警戒心丸出しの様子であっという間の出来事だった。伸ばしかけた手は固まったまま。
あの日は同じ保健委員なのかと思っていたけれど、今日は具合が悪いのだろうか。何も言葉を挟む隙を与えず、まるで何かに怯えるみたいに。「どうしたんですか?」「大丈夫?」と聞く時間さえくれなかったのは一体なぜ? 避けられたとはっきり分かる彼の行動がショックで固まっていると、矢野先生が絆創膏を貼りながら声をかけてくる。
「あら、獅子道くんと知り合い?」
「えーと、前に矢野先生が不在のときに代わりに治療してもらって……」
「ああ、あのときの……。そっか、確かに記録表も蓮水くんだったね」
記憶の糸を辿って考え込むように「うーん……」と唸る矢野先生。手は止まっていないのが、仕事ができる証拠だろう。あの日、獅子道くんは宣言通り、ちゃんと矢野先生に報告していてくれたんだと知って胸の奥がじんわりと暖かくなる。面倒くさがって、その場しのぎの嘘の可能性もあったのに。彼は嘘をつくようなひとじゃないのだ。
そんなことを考えているうちに、手際のいい矢野先生はあっという間に治療を終えていた。さすがは本職。獅子道くんに貼ってもらった少し歪んだ絆創膏とは違って、大原さんの膝はしっかり綺麗に絆創膏が貼られている。
「大原さん、他に気になるところはあるかな?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「よし、じゃあ完了っと。グラウンド戻れそう? しんどかったらここで時間潰してもいいけど」
「……戻ります。ありがとうございました」
「そう、お大事に。蓮水くんはちょっと待ってもらえる?」
「あ、はい、分かりました」
来た時とは違って、少しびくびくして何かを怖がっている様子の大原さんは俺が一緒に戻らないと知って驚いている。嘘でしょ……と言いたげだけれど、大人しい彼女は先生や俺に自分の意見を伝えることができず、結局黙りこんだまま、とにかくきょろきょろと周囲を気にしながらグラウンドに戻って行った。
「で、蓮水くんって獅子道くんと仲良いの?」
「えっ?」
「あの子に自分から声をかける子なんて初めて見たからさ。知っての通り保健室登校だから、知り合いって呼べる子が少ないみたいで……」
「え……」
――保健室登校。
確かに矢野先生はそう口にした。一瞬耳を疑ったけれど、俺の聞き間違いなんかじゃない。だけど初めて知る事実に困惑しているっていうのに、自分の世界に入ってしまった矢野先生は自分のペースで話し続ける。




