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残された競技は、五十メートル走のみ。
……ということで、やってきた次の体育の日。からっと晴れた空が青く澄み渡っている。風も穏やかで、気持ちがいい。全力で走るにはぴったりの天候だ。
ストレッチを終えて、出席番号順に計測が始まった。後半組の野井ちゃんと今日の部活の練習メニューについて話しながら順番を待っていると、ズサァッと最近聞いた覚えのある音が耳に入る。
あー、誰かが転けたんだろうな。見なくても分かる光景を思い描きながら振り返ると、予想通り、運動が苦手そうな吹奏楽部の大原さんが派手に転んでいた。みんなに見られて恥ずかしいのだろう。すぐに立ち上がるけれど、みるみるうちに顔が真っ赤に染まって、じんわりと目に涙が浮かんでいる。痛みと羞恥を我慢しようと、むっと噛み締められた口元が、これ以上の醜態を晒さないように頑張っているのだと伝えてくる。
「大丈夫? 立てる?」
「……はい」
「蓮水は確か保健委員だったよな。大原を保健室まで連れて行ってくれるか?」
「分かりました」
仮にも保健委員だから、と近付いて声をかけるけれど、大原さんは余計に顔を顰めて俯いてしまう。先生に頼まれている最中も、気まずそうにして視線を合わせてはくれなかった。心当たりがないだけで、過去に俺は彼女に何かしてしまったのだろうか。なんだか居た堪れない気持ちになりながらも、必死に記憶を辿っていると、心優しい野井ちゃんが声をかけてくる。
「大丈夫? 俺も着いていこうか?」
「……いや、平気。ありがとう」
「そっか、了解」
俺と二人きりだと気まずいみたいだし、野井ちゃんもいてもらった方がいいかなと思ったけれど、野井ちゃんの力を頼ってばっかで職務放棄するみたいになるのは嫌だから遠慮してしまう。
俺のエゴでごめん、と心の中で謝りながら、こんな俺に話のネタになることが思い浮かぶわけもなく、ただ黙って彼女のスピードに合わせて足を進めることしかできなかった。
「ごめんね、ここまでで平気だから」
「いや、ここまで来たんだから最後まで付き添うよ」
「…………ごめんなさい」
保健室が近付いて、申し訳なさそうな大原さんが俺を気遣ってグラウンドに戻るように言うけれど、視界に入る傷口があまりにも痛々しい。彼女をまっすぐに見つめて断れば、更にへにょと眉を下げた大原さんは小さな声でまた謝った。
――コン、コン、コン。
以前と同様にノックを三回すれば、今回は前と違って中から「はーい」と明るい女性の声が返ってくる。ガラガラガラとドアを開けると、矢野先生が椅子から立ち上がって歩いてきた。変に思う方がおかしいのに、獅子道くんじゃないんだなぁと、なぜだか俺はほんの少しだけがっかりしてしまったのだ。




